【令和7年7月28日(知財高裁 令和7年(ネ)第10014号)】

 

【事案の概要】

⑴ 控訴人は、「ペンシル楔」という名称の木軸のシャープペンシル(本件原告商品)を製作、販売しており、被控訴人は、原判決別紙被告商品目録記載の木軸のシャープペンシル(本件被告商品)を製作、販売している。
 本件(原審第1事件)は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が本件被告商品を製作し、販売する行為は、①控訴人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当し、②控訴人が本件原告商品について有する著作権(複製権及び譲渡権)の侵害にも当たると主張し、以下のア及びイの請求をした事案である。
ア 不正競争防止法3条1項、2項又は著作権法112条1項、2項に基づき、本件被告商品の譲渡、引渡し又は譲渡若しくは引渡しのための展示の差止め及び廃棄の請求
イ 不正競争防止法4条又は不法行為(著作権侵害)に基づく損害賠償請求として、643万0852円及びこれに対する不法行為の後である令和4年7月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払の請求

⑵ 原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が原判決のうち控訴人の請求を棄却した部分を不服として控訴した。

⑶ なお、被控訴人は、控訴人の代表者であるAに対し、Aによるブログへの記事の掲載及びYouTubeへの動画の投稿等により、被控訴人の名誉が毀損されたと主張し、不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し(甲府地方裁判所令和4年(ワ)第436号)、原審は、この事件(原審第2事件)を本件(原審第1事件)に併合して審理し、原判決において原審第2事件に係る被控訴人の請求を棄却した。被控訴人は、原判決のうち、原審第2事件に係る被控訴人の請求を棄却した部分に対して控訴しなかった。

 

【判決文抜粋】(下線部は筆者)

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、後記2のとおり補正し、後記3のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほか、原判決第3の1ないし3(14頁11行目から18頁20行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

2⑴ 原判決の補正
(中略)

3 当審における控訴人の補充主張に対する判断
⑴ 控訴人は、前記第2の3⑴のとおり、本件原告商品は、特徴的な木軸、クリップ部分、ノック機構等を有しており、これらの組合せからなるシャープペンシル全体としての形態は、同種商品と明確に区別し得る顕著な特徴を有していると主張する。
 しかし、本件原告商品の木軸が天然の木材を削り出して作られるとしても、そのことをもって本件原告商品が同種商品とは異なる顕著な特徴を有するとはいえず、グリップ部分が最大径であるとか、杢目を美しく見せるために木軸を太くしつつもペンとして使いやすい太さや形状にしているとしても、本件原告商品の形状について同種商品とは異なる顕著な特徴を有すると認められないことは、補正の上で引用した原判決第3の1⑵ア(ア)のとおりである。
 ノック部分の外観について、あるメーカーが海外用に試作したが採用されなかったメカニズムを基に、Aのアイデアによる改良を加えたオリジナルのものであるとの事情や、口金は使いやすくペン先が見えるようにデザインしたものであるとの事情が存在するとしても、このノック部分の外観自体が、他の木軸のシャープペンシルの外観と明確に区別し得る顕著な特徴を有すると認められないことは、補正の上で引用した原判決第3の1⑵ア(イ)のとおりである。
 本件原告商品のクリップについても、これがバンド部分でノック機構の金属部分を挟み込み、かつ、バンド部分とその上下に位置する上記金属部分との間に段差が生じないように製作されていることは認められる(原判決第3の1⑵イ)ものの、本件原告商品全体においてクリップの箇所が占める割合は小さく、クリップの上記特徴をもって、本件原告商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有するとまではいえない。
 そして、控訴人が主張する本件原告商品の形態に係る特徴を総合しても、本件原告商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有すると認めることはできない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

⑵ 控訴人は、前記第2の3⑴イのとおり、需要者の間において、本件原告商品が有する形態的特徴が控訴人の商品のものであると広く認識されるようになっていると主張する。
 しかし、控訴人又はAが文房具に関する雑誌で複数回紹介されたことは認められるが(甲8の1~16、甲18)、その雑誌は「趣味の文具箱」(甲8の1~15、甲18)又は「STATIONERY  magazine」(甲8の16)であり、多様な媒体で取り上げられたとは認められない上、その記事のほとんどが本件原告商品(ペンシル楔)を掲載していない。本件原告商品を写真付きで紹介した記事(甲8の14、甲18)は、他の複数の木軸のペンやシャープペンシルとともに紹介しているにすぎず、かつ、本件形状に関する具体的な説明が記載されているとは認められない。
 また、「B」の名称でYouTubeに動画投稿する者が、控訴人又はAに関する動画を複数回投稿したことがあり、その中には、動画の題名によれば本件原告商品を取り扱ったことが窺われる動画もあるが(甲10、11)「、B」以外に控訴人又はAをYouTubeの動画で取り扱った者がいるとは認められず、限られた者によって紹介されたにすぎない上、本件原告商品を取り扱った動画において、本件形状についてどのように紹介されたのかも明らかでない。
 さらに、本件の全証拠によっても、テレビ番組において、本件原告商品について、本件形状を含めて具体的に紹介されたことがあると認めるに足りない。
 そして、他に、本件原告商品の形態が、控訴人によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、本件原告商品の形態について、周知性の要件を満たすとは認められず、控訴人の上記主張は採用することができない。

⑶ 控訴人は、前記第2の3⑵のとおり、本件原告商品は著作物である旨主張する。
ア しかし、まず、著作権法2条2項の「美術工芸品」は、一品制作の美的実用品をいうものと解すべきところ、前記2⑸のとおり補正の上で引用した原判決第3の2⑴のとおり、本件原告商品の木軸は1本ずつ手作業により木材を加工して作られているが、木軸の各部分の長さや直径は本件形状のとおりに決まっており、本件形状に合うように木材が加工されて本件原告商品が作り出されるものであることからすれば、これを一品制作の美的実用品であると認めることはできない
イ 控訴人は、前記第2の3⑵イのとおり、美術工芸品に当たらない応用美術であっても、思想又は感情を創作的に表現したものであること(著作権法2条1項1号)を満たせば著作物性が認められると解すべきであると主張する。
 しかし、実用的なデザインも含めておよそ何らかの形で美感が表わされていれば著作物に該当するということはできない。実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、実用目的を達成するための機能とは無関係に自由に創作された表現が客観的に存在するといえるから、「思想又は感情を創作的に表現した美術の著作物」に該当するということができる。他方、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できないものについては、実用目的を達成するための機能に制約された形態等が存在するのみであり、機能と無関係に自由に創作された表現が客観的に存在するとは認められないから、「思想又は感情を創作的に表現した美術の著作物」に該当するということはできない。
 そうすると、原判決第3の2⑵アのとおり、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができるものでなければ、著作権法2条1項1号の著作物として保護されないと解すべきである。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
ウ 控訴人は、前記第2の3⑵ウ及びエのとおり、本件原告商品は、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できると主張する。
 しかし、本件原告商品の木軸、ノック機能、口金及びクリップの形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有すると認められないことは、補正の上で引用した原判決第3の1及び前記⑴のとおりである。これらについて、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性が備わっているとは認められない
 本件原告商品の木軸について、木材の杢目の美しさを感じることができるとしても、これはシャープペンシルの構成要素である軸を木軸としたことによるものであって、木軸の形状、寸法、材質等は、美感を考慮しつつも、実用目的に必要な構成として決定されていることからすれば、杢目が美感の向上に資する面があるとしても、本件原告商品について、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することはできない
 雑誌やYouTubeにおいて、本件原告商品その他の控訴人の木軸ペンに美しさがある旨の記事や発言があることや、本件原告商品の販売価格が1万円を超えるものであることをもって、本件原告商品について、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できると認められることにはならない。
 以上のとおり、本件原告商品について、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められないとの原判決の判断は相当である。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

4 その他、控訴人が縷々主張する内容を検討しても、当審における上記認定判断(原判決引用部分を含む。)は左右されない。

5 結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

 

【解説】

 本件は、木軸のシャープペンシル(本件原告商品)を製作、販売している控訴人が、原判決の別紙記載の木軸のシャープペンシル(本件被告商品)を製作、販売している被控訴人に対し、被控訴人が本件被告商品を製作し、販売する行為は、①控訴人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用する不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当し、②控訴人が本件原告商品について有する著作権(複製権及び譲渡権)の侵害にも当たると主張して、本件被告商品の譲渡等の差し止め・廃棄及び損害賠償を請求した案件である。
 裁判所は、原判決と同様、控訴人の請求を棄却した。
 控訴審での控訴人の補充主張に関し、不正競争行為については、本件原告商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有すると認めることができず、本件原告商品の形態について周知性の要件を満たすとは認められないと判断した。
 また、著作権侵害の主張については、実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、実用目的を達成するための機能とは無関係に自由に創作された表現が客観的に存在するといえるから、著作物性が認められる、との規範に基づき、本件原告商品の木軸については、木材の杢目の美しさを感じることができるとしても、杢目が美観の向上に資する面があるとしても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することはできない、として、著作物性を否定した。
 本件については、判決文に記載された特徴程度では、本件原告商品が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有するとは認められず、また、判決文に記載された本件原告商品の紹介等では、周知性の要件を満たすとは認められないので、裁判所の判断は妥当であると考える。
 また、著作物性については、応用美術であっても著作物と認められる「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている」、との基準[1]に基づき判断された。本件原告商品について、他の同種商品とは異なる顕著な特徴が認められないことも踏まえると、裁判所の判断は妥当であると考える。
 控訴人が、被控訴人の行為について不正競争行為と著作権侵害を主張したことから、本件原告商品について意匠権は取得していなかったと推測される。意匠権が取得されていない場合の類似品・模倣品に対する権利行使の方法としては、本件のように不正競争防止法又は著作権法に基づくことが一般的であるが、それぞれについて主張が認められるための立証の基礎となる事実関係については、本件よりも高い顕著性、周知性、ないし美的特性が求められるといえる。
 本件は、事例判決であるが、特別顕著性、周知性、応用美術の著作物性についての具体的判断について示された例として取り上げさせていただいた。

 

[1] 知財高判令和3年12月8日令和3年(ネ)第10044号

以上
弁護士 石橋茂