【令和6年3月27日(知財高裁 令和5年(ネ)第10086号) 特許権侵害差止請求控訴事件】

 

【判旨】

 本件は、発明の名称を「5 -アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途」とする特許権(本件特許権)を有する被控訴人(一審原告)が、控訴人(一審被告)による製品の製造及び販売が本件特許権を侵害するものであるとして、同製品の製造・販売の差止等を求めた事案である。原判決(東京地判令和5年7月28日(令和4年(ワ)第9716号)は、控訴人の製品は本件特許発明の技術的範囲に属し、新規性欠如の無効理由は認められないとして、原告の請求を認容したため、被告がこれを不服として控訴したが、控訴審も、本件特許権の技術的範囲を控訴人主張のように限定解釈すべき理由はなく、新たに控訴人が提出した医学論文に基づく新規性無効の主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきものであるなどとして、原審と同様に原告の請求を認容した。

 

【キーワード】

民事訴訟法297条、157条1項、時機に後れた攻撃防御方法

 

1 事案の概要

 本件は、発明の名称を「5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途」とする本件特許(特許第4417865号)の特許権者である被控訴人が、控訴人による各控訴人製品の製造、譲渡等が特許権の侵害に当たると主張して、控訴人に対し、その差止め等を求めた事案である。原審は、①各控訴人製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属する、②控訴人主張の特許無効の抗弁(本件引用例〔特表2003-526637号公報、乙2〕に基づく新規性の欠如)は理由がないとして、被控訴人の請求をいずれも認容する判決をしたところ、控訴人がこれを不服として控訴した。
 本件特許のクレーム(技術的範囲)は、以下のとおりである。

【請求項1】
下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。

 控訴人は、特許無効の抗弁として、原審においては、①本件引用例記載の引用発明に基づく新規性の欠如を主張していたところ、当審において、②乙16~18の各論文記載の各発明に基づく新規性の欠如、③「The stability of 5-aminolevulinic acid in solution」と題する2002年発表の医学論文(乙25)記載の発明に基づく新規性の欠如の主張を追加していた。
  しかし、上記①の無効理由は、本件審判請求において主張されていた無効理由と同一であるところ、最終的に同請求を不成立とする審決が確定したこと(補正引用に係る前提事実(6))、上記②の論文は、上記無効審判において技術常識等を示す証拠として提出され、その内容が実質的に判断されていたことから、控訴人は、令和6年1月31日の本件口頭弁論期日において、上記①及び②に係る特許無効の抗弁を撤回した。
  他方、上記③に係る特許無効の抗弁に関しては、同期日において、当裁判所が、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法297条、157条1項)に当たるものとして却下する決定をした。
 以上の経緯を通じて、控訴審における最終的な争点は、以下のとおりとなった。

(1) 各控訴人製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点1、原審の争点①)
(2) 差止め及び廃棄の必要性(争点2、当審において新たに争点化したもの)

 

2 裁判所の判断

(1)争点1(各控訴人製品の本件発明の技術的範囲への属否)について

 まず、裁判所は、本件発明の技術的範囲は単離された5-アミノレブリン酸リン酸塩という純粋な物質に限定して解釈されるべきとの控訴人の主張に関し、【請求項1】の記載は、化学物質の物質特許であることを示すものであって、単離された高純度の物質に限定されることを直ちに意味する訳ではなく、明細書にも単離された高純度のものでなくとも発明の効果を奏することが開示されているなどとして、かかる限定解釈を行うべき理由はないと判示した。

※判決文より引用(下線部は筆者付与)

1  各控訴人製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点1)について
 (1)  控訴人は、本件特許の特許請求の範囲の記載に基づき、明細書の記載を考慮すると、本件発明の技術的範囲は純粋な物質に限定して解釈されるべきであると主張する。
 しかし、本件特許の特許請求の範囲【請求項1】の記載は、化学物質の物質特許であることを示すものであって、その技術的範囲が単離された高純度の物質に限定されることを直ちに意味するものではない。
 そして、本件明細書には、本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩について、固体でも溶液でもよく、pH調整剤等によって調整された溶液でもよいこと、水溶液には5-アミノレブリン酸リン酸塩以外の塩が含まれていてもよいこと(【0017】、【0018】)、光力学治療又は診断剤、皮膚外用剤、植物活性化剤など多様な用途があることが記載され(【0029】、【0031】、【0032】)、光力学治療又は診断剤としての使用についての公知の条件を開示する複数の公開特許公報が挙げられ(【0030】)、皮膚外用剤等の剤形にするために用いる薬学的に許容される担体として水、結合剤等が挙げられ(【0031】)、「植物用途に使用する場合、一般的に使用される肥料成分等を含有してもよい」(【0032】)等記載されているのであって、「何らかの用途に用いる具体例」が数多く記載されるとともに、単離された高純度のものでなくとも発明の効果を奏することが開示されていることは明らかである。
 「水溶液にした場合の塩化物イオンが低いため」(【0013】)との記載については、従来から製造法が知られていた5-アミノレブリン酸塩酸塩(【0005】)と比較したものであって、単離された高純度のものに限る趣旨は窺えない。
 控訴人の主張は理由がない。

 (2)  控訴人は、本件特許の無効審判(無効2021-800078)の手続において被控訴人が提出した本件上申書において、5-アミノレブリン酸塩酸塩と5-アミノレブリン酸リン酸塩を明確に区別すべき旨を主張していることをもって、本件訴訟における被控訴人の主張と矛盾すると主張する。しかし、この主張は、本件上申書記載の被控訴人の上申内容を曲解するものであって、その前提において失当である。この点の詳細は、原判決の「事実及び理由」第3の2(4)のとおりである。

 (3)  控訴人は、化合物自体が公知文献に明記されており、当該化合物を初めて製造できたことに技術的意義が認められる物質特許の発明については、化合物自体は公知であるから、その発明は新規性を欠くと解すべきであり、仮に新規性を有するのであれば、その発明の技術的意義は当該化合物を製造できたことについて認められるものであるから、その技術的範囲は、発明者が現実に発明した製造方法によって製造された物か、単離された高純度の化合物に限定されるべきであると主張するが、以下に述べるとおり採用できない。

 ア 発明が技術的思想の創作であること(特許法2条1項参照)にかんがみれば、特許出願前に頒布された刊行物(同法29条1項3号)に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に発明の構成が開示されているだけでなく、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要する。
 特に当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきであり、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。
 そして、本件において、公知文献である本件引用例に5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法に関する記載は見当たらず、乙16~18の各論文によっても、特許出願時の技術常識に基づいて当業者がその製造方法その他の入手方法を見出すことができたとは認められない(以上は原判決「事実及び理由」第3の3(1)イ〔14頁~〕に同じ。)。

 イ 他方、本件明細書には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の物質の構成が開示されている(【0009】、【0014】~【0016】)にとどまらず、当業者がその製造方法を理解し得る程度の記載があるところ(【0007】、【0019】~【0028】、【0034】~【0036】)、これは、新規の化学物質の発明である本件発明について、当業者が実施し得る程度の発明の技術的思想を開示するものであって、単なる製造方法としての技術的意義にとどまるものではない。
 そして、特許が物の発明についてされている場合には、その特許権の効力は、当該物と構造、特性等が同一である物であれば、その製造方法にかかわらず及ぶこととなる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。

 ウ なお、控訴人が指摘するような、本件特許の出願の際に製造等していた者については先使用による通常実施権(特許法79条)により、本件特許の出願後に製造方法等の発明をした者については通常実施権の設定の裁定(同法92条)により、特許権者との利益の調整が図られることになる。

 (4)  以上のとおり、争点1(各控訴人製品の本件発明の技術的範囲への属否)に関する控訴人の主張は、控訴人の当審における補充的主張を踏まえても採用できない。

 

(2)争点2(差止め及び廃棄の必要性)について

 また、裁判所は、差止め及び廃棄の必要性についても、控訴人が直近まで控訴人製品の譲渡(販売)を行っていたこと等を理由として、仮執行宣言を付することが必要かつ相当と判示した。

2  差止め及び廃棄の必要性(争点2)について
 (1)  控訴人は、現時点で控訴人が各控訴人製品の製造、譲渡及び譲渡の申出をするおそれはない旨主張する。
 しかし、控訴人は、少なくとも令和元年3月から令和5年12月25日頃まで各控訴人製品を日本国内で製造し、譲渡し、譲渡の申出をしていたこと(上記第3の1)、控訴人は現に各控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属することを争っていること、控訴人が製造、譲渡等の能力等を有しないことが客観的証拠により的確に裏付けられているとはいえず、むしろ、控訴人の主張によっても、控訴人は令和6年1月までに控訴人直営オンラインショップ(甲21)又は控訴人公式ショップ(甲22)に5件の注文を受け、うち1件はキャンセルしたが、残り4件は「控訴人の管理を離れた流通ルート上に最後に残っていたものを発送できた」というのであり(控訴人準備書面(3)5頁)、各控訴人製品の譲渡を行っていることからすれば、本件特許権を侵害するおそれがあると認められ、これと異なる控訴人の主張は採用できない。

 (2)  この点に関連して、被控訴人は上記差止め及び廃棄請求について仮執行宣言の申立てをしているところ、原審の段階であればともかく、現時点では仮執行宣言を付することが必要かつ相当と認める。

 

3 検討

 本件では、控訴人から、化合物自体が公知文献に明記されており、当該化合物を初めて製造できたことに技術的意義が認められる物質特許の発明については、その発明の技術的意義は当該化合物を製造できたことについて認められるものであるから、その技術的範囲は、発明者が現実に発明した製造方法によって製造された物か、単離された高純度の化合物に限定されるべきであるとの主張がされていた。
 この点に関し、本判決は、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることにとどまらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があるか、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるとした。
 その上で、本判決は、公知文献である本件引用例に5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法に関する記載は見当たらず、特許出願時の技術常識に基づいて当業者がその製造方法その他の入手方法を見出すことができたとも認められないとした上で、本件明細書には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の物質の構成が開示されており、これは、新規の化学物質の発明である本件発明について、当業者が実施し得る程度の発明の技術的思想を開示するものであって、単なる製造方法としての技術的意義にとどまるものではないと判示した。
 本事例は、物質特許の新規性を否定するために、公知文献においてどの程度の記載が必要とされるのかについて、実務上有用な示唆を与える判決であると思われる。

 

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸