【令和7年4月24日(知財高裁 令和6年(行ケ)第10095号)】

【キーワード】

商標法4条1項15号

 

【事案の概要】

 原告は、被告が商標権を保有する「日本食育防災士」の文字(標準文字)から商標(指定商品に「技芸・スポーツ又は知識の教授」を含む。以下「本件商標」という。)につき、
・原告が商標出願し、設定登録を受けた、「防災士」の文字からなる商標(以下「引用商標」という。)
・「防災士」の文字よりなる商標(以下「引用使用商標」といい、引用商標と総称して「本件各使用商標」という。)
を摘示しつつ、その商標登録を無効にする旨の審判を請求した。これに対し、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。原告は、本件審決の取消しを求め、本件訴訟を提起した。

 

【争点】

 本件商標が商標法4条1項15号に該当するか。
 ※本稿では、その他の争点は割愛する。

 

【判決(一部抜粋)】(下線は筆者が付した。以下同じ。)

第1~第3 省略
第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件商標は「防災士」部分のみを抽出して分離観察することは相当ではなく、全体観察した場合には本件各使用商標との類似性は否定されるから、本件審決の商標法4条1項11号及び同項10号該当性の認定判断に誤りはないが、その同項15号該当性の認定判断については誤りがあるから、本件審決は、取り消されるべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性の認定判断の誤り)について
⑴ 本件商標について
ア 本件商標は、「日本食育防災士」の文字を標準文字で表してなり、その全体が一行でまとまりよく表示されている。
 本件商標からは、「ニホンショクイクボウサイシ」の称呼が生じる。
 「日本食育防災士」は造語であると認められるが、その構成中、「日本」は我が国の国名であり、「食育」は「食材・食習慣・栄養など、食に関する教育」を、「防災」は「災害を防止すること」を意味し、「士」は「一定の資格・役割を持った者」をも意味し、「弁護士」「栄養士」などの国家資格のほか、多くの民間資格の名称に用いられる語であるから(甲37、38、98、弁論の全趣旨)、本件商標からは、「我が国における食育と防災に関する何らかの資格、その資格を有する者」という観念を生じ得る。
イ なお、被告の主張及び提出証拠(乙5~22)、さらに、被告及び被告代表者の事業や活動の実績等(甲41~43、45~64、69)を検討しても、「防災食育センター」「食育防災センター」といった用語が使用されていることは認められる(甲69)ものの、本件登録査定日において、「食育防災」という用語が一般的に使用されていたり、本件商標の指定役務の需要者(後記⑶エ)において、広く知られるに至っていたりしていたとまでは認められない。
⑵ 引用商標について
 引用商標は、「防災士」の文字を一行で表示されてなり、「ボウサイシ」の称呼が生じ、前記の「防災」と「士」の語義から、「防災に関する何らかの資格、その資格を有する者」という観念を生じる。
⑶ 本件商標の分離観察の可否
 原告は、「防災士」の語について、原告が認証する民間資格及びその有資格者を指し示すとともに、原告による「防災士」の育成・普及事業等を指し示す語として、需要者に広く知られた著名な語であるから、本件商標の「防災士」の文字部分は、自他識別標識として機能する商標の要部であり、分離観察が許される旨主張するので、この点について検討する。
ア 複数の構成部分を組み合わせた結合商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、その構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定することは原則として許されない。しかし、商標の構成部分の一部が、当該商標の指定商品・役務の取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、商標の構成部分の一部を抽出し、当該構成部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・集民228号561頁参照)。
イ 原告は、民間資格である「防災士」の認証、資格称号の付与、防災士の資質向上を図る事業等を行っているところ(前提事実⑴ア)、証拠(以下の各項に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば、この「防災士」について、以下の事実が認められる。
(ア) 「防災士」については、防災に関する基礎的な専門知識や技能を有する専門家の資格として、防災関係者有志によって制度化に向けた運動が進められ、平成14年3月、原告の設立総会が開催され、その会長にはA・元兵庫県知事が就任し、同年7月、特定非営利活動法人の認証(甲112)を受けた。現在の代表者理事長は、元総務省消防庁次長である(甲3、12、14~16、22、68、112)。
(イ) 原告は、平成30年1月5日、東京都知事より、特定非営利活動法人のうち、その運営組織及び事業活動が適正であって公益の増進に資するもの(特定非営利活動促進法44条1項)としての認定を受け、令和5年6月20日、同認定の更新を受けた(甲113、114)。
(ウ) 原告は、平成15年以降、「防災士」の資格取得試験を実施し、資格を認証する事業を行っており、その累計認証者数は、令和3年4月時点で21万人を超えた(甲12、23)。なお、令和5年6月時点の認証登録者数は25万9063人(甲11)であり、原告作成の一覧表(甲93)によれば、令和6年8月末現在では29万6214人となり、認証登録者数は毎年増加していることが窺える。認証登録者の所在地は全都道府県にわたっている(甲3、11、12、17~23、93)。
 被告は、これらの数字の信用性を争うが、原告の活動実績等((ア)、(イ)、(エ)、(オ))に照らすと、少なくとも公表資料に掲載された数字は一定の根拠と正確性を有するものと認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(エ) 原告から「防災士」の認証を受けるためには、原則として、原告が認証した研修機関が実施する「防災士養成研修講座」を履修した後に、原告の実施する資格取得試験に合格する必要があるところ、令和5年3月時点で、32の府県、74の市区町等が、原告との間で防災士研修実施に関する協定を締結し、44の大学、高等専門学校等が研修機関として認証されており(甲12。原告作成の一覧表(甲91)では、令和6年度における防災士養成研修実施機関の数は、府県等が28、市・町等が48、大学、高等専門学校等が50、民間法人が3となっている。)、研修費用及び認証費用の助成を行っている自治体も多数あった(甲12、13、17~23、72~92)。
 なお、この防災士養成研修実施機関の数は、本件登録査定日(令和3年12月28日)より後のものであるが、前記(ウ)の防災士の認証者数や上記証拠の内容から、本件登録査定日においても、これに近い状況にあったことは推認することができる。
(オ) 原告は、平成26年以降、防災士に関する事業や、防災士の実際の活動を紹介する冊子である「防災士REPORT」を毎年発行しており、同冊子は、地方公共団体の防災担当部署、防災士有志により設立された特定非営利活動法人日本防災士会(以下「日本防災士会」という。)の各都道府県支部のほか、各種防災イベントにおいて配布されている。令和3年12月までに発行されたこれらの冊子では、地方自治体、大学による前記(エ)の「防災士養成研修講座」等の防災士養成に関する事例のほか、原告、地方自治体、各種機関・団体による防災士の活動の支援、資格取得後の研修、日本防災士会や地域の防災士による地域、職場等の防災訓練における指導、災害対応マニュアルの作成支援、防災に関する啓発活動等の、防災に関するさまざまな活動の事例が紹介されている(甲14、17~23、115)。
(カ) 内閣府発行の平成22年版防災白書(甲24)において、民間における防災リーダーの育成の事例として、原告の認証する「防災士」が取り上げられた。また、内閣府等が毎年主催する「防災推進国民大会(ぼうさいこくたい)」においては、平成29年から令和3年までの毎年、日本防災士会による企画出展と、防災士による講演等がなされている(甲119~129)。
(キ) 「防災士」の語は、インターネット版の辞典類である朝日新聞社提供の現代用語事典「知恵蔵mini」及び小学館提供の「デジタル大辞泉」に、原告が認定する民間資格であると掲載されているが、これら以外の一般的な国語辞典、用語辞典、百科事典等に掲載されていることを示す証拠はない。なお、少なくとも「知恵蔵mini」には、一般消費者に周知とはいい難い用語も相当数掲載されている(甲30、乙1、2)。
(ク) 各種新聞やウェブサイトニュースでは、防災士に関する記事が、平成16年6月から平成22年2月までに53件(甲118)、平成25年には57件(甲31)、平成26年には63件(甲117)、令和2年には40件(甲34)掲載された。もっとも、原告提出の各証拠からは、見出し以外の記事内容が必ずしも明らかでなく、紙媒体のものは記事の大きさが不明で、相当割合あるウェブサイトニュースの閲覧件数も不明である。
(ケ) 防災に関する資格を紹介する6つのウェブサイトでは、4つから5つの主な資格のみを取り上げたものにおいても、原告の認証する「防災士」が取り上げられている(甲94~99)。
ウ 以上の認定事実によれば、原告が認証する民間資格である「防災士」は、本件登録査定日(令和3年12月28日)において、認証者数が21万人を超えており、日本全国の多数の地方自治体や大学等による資格試験受験のための防災士養成研修や資格取得の支援、地方自治体、各種機関・団体による防災士の活動の支援、研修(原告によるものを含む)、日本防災士会や各地域の防災士によるさまざまな防災に関する活動がなされてきたこと、これらの実績等は、新聞等を通じて一定程度報道され、原告も毎年発行する「防災士REPORT」の配布等を通じて紹介していることが認められる。
 これらの実績等は、官公庁、地方自治体といった公的な防災関係機関の施策や、防災士を含め、防災に関する各種団体等の関係者によるものが中心であるが、その結果として、防災について原告が認証する民間資格である「防災士」、ひいては「防災士」の語は、本件登録査定日(令和3年12月28日)において、防災に関する関係機関、団体の関係者と、防災又は防災に関する資格について関心を有する者の間においては、広く知られていたと認められ、これに反する証拠はない。
エ 他方、本件商標の指定役務は、「技芸・スポーツ又は知識の教授」、その他別紙商標目録記載1のとおりであるところ、本件商標には「防災士」の文字が含まれており、本件商標から「我が国における食育と防災に関する何らかの資格、その資格を持った者」という観念が生じ得ることを考慮すると、本件商標の指定役務の需要者にも防災又は防災に関する資格について関心を有する者が当然に含まれるものと考えられる。したがって、少なくともこのような本件商標の指定役務の需要者の間においては、「防災士」の語は、広く知られていたということができる
オ しかしながら、そのことから直ちに、本件商標の「防災士」の構成部分が、その指定役務の需要者に対し、役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものとして、当該構成部分だけを抽出して本件各使用商標と比較し、本件商標そのものの類似を判断することができるということはできない。すなわち、「防災士」の語は、防災又は防災に関する資格について関心を有する者にとっては広く知られていたとはいえ、一般の国語辞典や用語辞典等に掲載されるほど周知性があったわけではない。
 他方、本件商標は「日本食育防災士」の標準文字を一行でまとめて表してなるもので、「防災士」の文字部分だけが独立して見る者の注意を引くように構成されているわけではない。また、本件商標に含まれる「食育」の文字は、「防災」とは別に「食材・食習慣・栄養など、食に関する教育」という独自の意味を有するものであり、「食育」と「防災」との組合せも、証拠上、ありふれた組合せであるとは認められないから、「食育防災士」は新たに造られた言葉として、独自の識別機能を有するというべきである。
 したがって、本件商標の「防災士」の部分以外の構成部分又はその組合せからおよそ出所識別標識としての称呼、観念が生じないなどということはできず、かつ、前記の「防災士」の語自体の周知性の程度を併せ考慮すると、本件商標の「防災士」の構成部分を分離観察することは相当でなく、本件商標は一連一体の商標とみるべきであるから、原告の主張は、採用することができない。_
⑷ 本件商標と引用商標の対比
 本件商標と引用商標は、前記⑴、⑵のとおり、外観、称呼及び観念を異にするものである。両者は、外観の「防災士」の部分、称呼の「ボウサイシ」の部分及び観念の一部内容において共通するといえるとしても、共通する文字は3文字にすぎず、本件商標を一連一体の商標とみるべきことからすると、その差は大きく、判別は容易である。「日本食育防災士」が「防災士」と取り違えられたことにより出所の誤認混同が生じていることを認めるに足りる証拠もない。本件商標と引用商標が与える印象、記憶、連想等を総合し、本件商標と引用商標との類似性を全体的に考察した場合、本件商標それ自体は、商標法4条1項11号の「これに類似する商標」とはいえない。
⑸ 取消事由1についての結論
 したがって、本件商標は商標法4条1項11号に該当するということはできず、取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(商標法4条1項10号該当性の認定判断の誤り)について
 引用使用商標は、「防災士」の文字からなり、実質的に引用商標と同一の商標というべきであるから、前記1と同様の理由から、本件商標は、引用使用商標と類似する商標とはいえない。
 したがって、本件商標は、商標法4条1項10号の「これに類似する商標」に該当するということはできず、取消事由2には理由がない。
3 取消事由3(商標法4条1項15号該当性の認定判断の誤り)について
⑴ 「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれ」について
 商標法4条1項15号は、周知表示へのただ乗り及び希釈化を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標使用者の業務上の信用の維持及び需要者の利益の保護を目的とするものであるから、同号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等がこの他人との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である
 そして、同号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである(最高裁第三小法廷平成12年7月11日判決・平成10年(行ヒ)第85号・民集54巻6号1848頁〔レールデュタン事件〕参照)
⑵ 本件商標と本件各使用商標との類似性の程度
ア 前記したところによれば、本件商標は、商標法4条1項10号又は同項11号の適用との関係では、本件各使用商標と類似するものではないが、本件商標の外観のうち「防災士」の部分、称呼のうち「ボウサイシ」の部分は、それぞれ本件各使用商標と同一であり、観念においても「防災に関する何らかの資格、その資格を有する者」という要素において共通性が認められる
イ 本件商標は、本件各使用商標との関係で、このような共通性を有する限度では類似性を有する一方、本件商標の指定役務の需要者であって、防災又は防災に関する資格について関心を有する者(前記1⑶エ)の間においては、本件各使用商標は周知である。そうすると、本件商標「日本食育防災士」は、本件各使用商標「防災士」と区別して識別することができるものではあっても、その需要者からみれば、「防災士」と全く無関係なものではなく、何らかの関連性を有する資格ではないかという連想を生じさせ得るものである
⑶ 本件各使用商標の周知著名性及び独創性の程度
ア 前記1⑶エのとおり、本件商標の指定役務の需要者には、防災又は防災に関する資格について関心を有する者が含まれており、このような需要者の間においては本件各使用商標は周知であると認められる。
イ 本件各使用商標は、「防災」の語に資格者を示す「士」を加えたにすぎず、その独創性の程度は高いとはいえない。
⑷ 本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度、役務の取引者及び需要者の共通性、その他取引の実情
ア 原告は、防災に関する民間資格である「防災士」の資格の認証、防災士の資質向上を図る事業や防災に関する啓蒙活動等を行うことを目的とし(前提事実⑴ア)、前記1⑶イによれば、原告は自ら実際にそれらの活動を行っているほか、原告の認定を受けた多数の地方自治体や大学等が、防災士養成研修実施機関として、防災士の資格試験受験のための研修を実施するなど、原告の「防災士」に係る役務の提供は、原告のみならず、原告が認めた関係団体を通じても行われていること、原告から認証を受けた防災士や防災士の団体である日本防災士会が、地域、職場等の防災訓練における指導、災害対応マニュアルの作成支援、防災に関する講演等の啓発活動等、防災に関するさまざまな活動を行っていることが認められる。
 しかるところ、防災と食に関連するテーマは、本件登録査定日前から、防災士が講師として参加する防災に関する地方自治体等の行う啓蒙活動等において繰り返し取り上げられている(甲152~161)。このことは、「防災」と「食」とが密接に関連しており、防災に関係する食の問題が原告の業務に係る役務(防災士の育成及び活用、防災等を目的とする団体・個人との連携、講演会・シンポジウム等の啓蒙活動等)の対象分野の一つであることを示すものである。
 他方、本件商標の指定役務(技芸・スポーツ又は知識の教授、教育上の試験の実施、セミナーの企画・運営または開催、電子出版物の提供、放送番組の製作等)は、被告の事業の一つである「防災・非常用途の食糧品及びツールに関する商品情報の収集、危機管理情報の収集、分析、提供サービス」(甲41・定款第2条)に係る役務として提供されるときは、いずれも、防災と食をテーマとするという意味において、本件各使用商標を使用して行う原告の啓蒙活動等の業務と対象分野が重なることになる。被告代表者は、現に災害時の食料の確保、備蓄、配給、食の安全等について普及活動等を行っており(甲46~62、105)、その活動を紹介する記事の多くでは「日本食育防災士」に対する言及がされていることが認められる(甲51~53、55~58、60)。
 そうすると、本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度は、高いというべきである
イ 本件商標の指定役務の需要者と本件各使用商標に係る原告の業務の需要者は、いずれも防災又は防災に関する資格に関心を有する者が含まれるから、需要者の共通性が認められる
ウ その他の取引の実情
 静岡県は、原告から防災士養成研修実施機関の認定を受けているほか、平成17年以降、名称に関する原告の承諾を得て、独自に「静岡県ふじのくに防災士」(平成21年までは「静岡県防災士」)を養成しており、原告が認証する「防災士」とは別のものであることの注意喚起とともに、ホームページにおいて告知している(甲12、92、133、137の6-4、弁論の全趣旨)。このことは、逆にいえば、一般に「防災士」の名称は、その前に付加される語句如何にかかわらず、原告の認証する「防災士」と関係するものであるとの誤解が生じやすいという現状認識を示すものということができる
⑸ 混同のおそれについての判断
 以上の事情は、本件登録査定日のほか、その約2か月前である本件商標の登録出願日においても(商標法4条3項)認められる。これらの事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用するときは、その需要者の普通に払われる注意力を基準としても、その役務が原告の「防災士」と何らかの関係を有する防災関係の資格であって、原告又は原告が認めた関係機関が運営・管理するものの業務に係る役務であるとの混同(広義の混同)を生ずるおそれがあるということができる
⑹ 被告の主張について
ア 本件商標と本件各使用商標の類似性の程度及び本件各使用商標の周知性・独創性については、それぞれ前記の限度で認められ、被告の主張のうち、これに反する部分は採用することができない。
イ 被告は、原告が行う事業は、防災士になろうとする者又は防災士を対象とするものであるから、需要者の通常の注意力をもってすれば、その出所を誤ることはない旨主張する。
 しかし、原告が行う事業は、防災に関する啓蒙活動や情報発信を含むものであり、需要者は、防災に関心のある者であれば、防災士又は防災士になろうとする者に限られない。また、防災士に関する資格を取得しようとする者であっても、必ずしも資格制度に精通しているわけではないから、本件各引用商標と同じ「防災士」の構成部分を有する本件商標が原告の業務に類似する役務に使用された場合に、その役務の出所を識別することができるとは限らない。したがって、被告の前記主張は採用することができない。
ウ 被告は、本件商標の指定役務のうち「技芸・スポーツ又は知識の教授」等は、特に需要者を限定しておらず、被告が本件商標を使用して行ってきた事業は、防災の中でも、災害時の食事の重要性、調理方法、栄養管理といった分野に特化したものであるから、原告と被告との業務とでは、需要者の範囲が異なる上、具体的な取引の実情においても、混同を生ずるおそれはない旨主張する。
 しかし、本件商標の指定役務の「技芸・スポーツ又は知識の教授」等が、商標登録の文言上その需要者が限定されていないとしても、例えば被告の行う事業を前提に考察した場合、防災又は防災に関する資格について関心を有する者が当該指定役務の需要者に含まれ、本件各使用商標を使用した原告の業務に係る役務と需要者を共通にすることは前記のとおりである。そして、これらの点を踏まえ、当該指定役務について一般的に考察すると、本件商標を当該指定役務に使用したときは原告の業務に係る役務と広義の混同を生ずるおそれがあると認められることも前記のとおりであるから、被告の主張は採用することができない。
⑺ 取消事由3についての結論
 したがって、本件商標は商標法4条1項15号に該当するから、これを否定した本件審決の判断には誤りがあり、取消事由3には理由がある。
4 結論
 よって、その余の点を判断するまでもなく、本件審決は取り消されるべきものであるから、主文のとおり判決する。

 

【若干の解説】

1 総論

 商標法4条1項15号は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」につき、商標登録を受けることができないことを定める。この規定は、同法4条1項10号から14号までの総括的規定とされ、また私益保護のための規定と考えられている[1]
 本判決では、本件商標につき、同法4条1項15号の該当性が認められ、これに反する商標登録無効審判の不成立審決(本件審決)が取り消された。以下、本件の判断について整理しつつ、適宜若干の補足を行うこととする[2]

2 本件の判断

⑴ 商標法4条1項15号該当性
ア 商標法4条1項15号の趣旨及び「混同を生ずるおそれ」の判断手法等
 本判決はまず以下のように述べ、商標法4条1項15号の商標が商標登録を受けられないとされる趣旨を明らかにしつつ「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれ」には、いわゆる広義の混同を生ずるおそれが含まれることを示した。

 商標法4条1項15号は、周知表示へのただ乗り及び希釈化を防止し、商標の自他識別機能を保護することによって、商標使用者の業務上の信用の維持及び需要者の利益の保護を目的とするものであるものであるから、同号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に使用したときに、当該商品等が他人の商品又は役務(以下「商品等」という。)に係るものであると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品等がこの他人との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等であると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むものと解するのが相当である

 続いて、「混同を生ずるおそれ」の有無の判断手法及び考慮要素について、以下のとおり述べた。

 そして、同号の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである(最高裁第三小法廷平成12年7月11日判決・平成10年(行ヒ)第85号・民集54巻6号1848頁〔レールデュタン事件〕参照)。

 ここで述べられる判断手法と考慮要素を整理すると、以下のとおりとなる。
<判断手法>
 当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われれる注意力を基準として、総合的に判断されるべきである。
<考慮要素>
・当該商標と他人の表示との類似性の程度
・他人の表示の周知著名性及び独創性の程度
・当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度
・商品等の取引者及び需要者の共通性
・その他取引の実情

イ 本件における「混同を生ずるおそれ」の有無に関する判断
 以降、裁判所は、本件における上記の考慮要素に係る事実を摘示しつつ、上記判断手法に従い、「混同を生ずるおそれ」の有無を判断している。

(ア) 当該商標と他人の表示との類似性の程度
 標記の考慮要素に関する判示は以下のとおりである。

⑵ 本件商標と本件各使用商標との類似性の程度
ア 前記したところによれば、本件商標は、商標法4条1項10号又は同項11号の適用との関係では、本件各使用商標と類似するものではないが、本件商標の外観のうち「防災士」の部分、称呼のうち「ボウサイシ」の部分は、それぞれ本件各使用商標と同一であり、観念においても「防災に関する何らかの資格、その資格を有する者」という要素において共通性が認められる
イ 本件商標は、本件各使用商標との関係で、このような共通性を有する限度では類似性を有する一方、本件商標の指定役務の需要者であって、防災又は防災に関する資格について関心を有する者(前記1⑶エ)の間においては、本件各使用商標は周知である。そうすると、本件商標「日本食育防災士」は、本件各使用商標「防災士」と区別して識別することができるものではあっても、その需要者からみれば、「防災士」と全く無関係なものではなく、何らかの関連性を有する資格ではないかという連想を生じさせ得るものである。

 ここでは、本件商標と本件各使用商標の類似性は否定しつつも、
・外観の一部(「防災士」の部分)
・称呼の一部(「ボウサイシ」の部分)
・観念の一部(「防災に関する何らかの資格、その資格を有する者」を示す点)
に関する共通性を肯定している。
 また、“防災又は防災に関する資格について関心を有する者”において、本件各使用商標は周知である、という従前(第4・1・⑶・エ)述べた内容に言及し、かつ本件商標の需要者にもこのような者が含まれることを指摘する。その上で、このような者から見れば、本件商標は「防災士」と何らかの関連性を有する資格ではないかという連想を生じさせると述べた。

(イ) 他人の表示の周知著名性及び独創性の程度
 標記の考慮要素に関しては、裁判所は以下のとおり述べ、本件商標の指定役務の需要者の一部(“防災又は防災に関する資格について関心を有する者”)において本件各使用商標が周知であること、一方、本件各使用商標の独創性の程度は高いとはいえないことを端的に示した。

⑶ 本件各使用商標の周知著名性及び独創性の程度
ア 前記1⑶エのとおり、本件商標の指定役務の需要者には、防災又は防災に関する資格について関心を有する者が含まれており、このような需要者の間においては本件各使用商標は周知であると認められる。
イ 本件各使用商標は、「防災」の語に資格者を示す「士」を加えたにすぎず、その独創性の程度は高いとはいえない。

(ウ) 当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質、用途又は目的における関連性の程度、商品等の取引者及び需要者の共通性、その他取引の実情
 標記の考慮要素に関する判示は以下のとおりである。

⑷ 本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度、役務の取引者及び需要者の共通性、その他取引の実情
ア 原告は、防災に関する民間資格である「防災士」の資格の認証、防災士の資質向上を図る事業や防災に関する啓蒙活動等を行うことを目的とし(前提事実⑴ア)、前記1⑶イによれば、原告は自ら実際にそれらの活動を行っているほか、原告の認定を受けた多数の地方自治体や大学等が、防災士養成研修実施機関として、防災士の資格試験受験のための研修を実施するなど、原告の「防災士」に係る役務の提供は、原告のみならず、原告が認めた関係団体を通じても行われていること、原告から認証を受けた防災士や防災士の団体である日本防災士会が、地域、職場等の防災訓練における指導、災害対応マニュアルの作成支援、防災に関する講演等の啓発活動等、防災に関するさまざまな活動を行っていることが認められる。
 しかるところ、防災と食に関連するテーマは、本件登録査定日前から、防災士が講師として参加する防災に関する地方自治体等の行う啓蒙活動等において繰り返し取り上げられている(甲152~161)。このことは、「防災」と「食」とが密接に関連しており、防災に関係する食の問題が原告の業務に係る役務(防災士の育成及び活用、防災等を目的とする団体・個人との連携、講演会・シンポジウム等の啓蒙活動等)の対象分野の一つであることを示すものである
 他方、本件商標の指定役務(技芸・スポーツ又は知識の教授、教育上の試験の実施、セミナーの企画・運営または開催、電子出版物の提供、放送番組の製作等)は、被告の事業の一つである「防災・非常用途の食糧品及びツールに関する商品情報の収集、危機管理情報の収集、分析、提供サービス」(甲41・定款第2条)に係る役務として提供されるときは、いずれも、防災と食をテーマとするという意味において、本件各使用商標を使用して行う原告の啓蒙活動等の業務と対象分野が重なることになる。被告代表者は、現に災害時の食料の確保、備蓄、配給、食の安全等について普及活動等を行っており(甲46~62、105)、その活動を紹介する記事の多くでは「日本食育防災士」に対する言及がされていることが認められる(甲51~53、55~58、60)。
 そうすると、本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度は、高いというべきである
イ 本件商標の指定役務の需要者と本件各使用商標に係る原告の業務の需要者は、いずれも防災又は防災に関する資格に関心を有する者が含まれるから、需要者の共通性が認められる。
ウ その他の取引の実情
 静岡県は、原告から防災士養成研修実施機関の認定を受けているほか、平成17年以降、名称に関する原告の承諾を得て、独自に「静岡県ふじのくに防災士」(平成21年までは「静岡県防災士」)を養成しており、原告が認証する「防災士」とは別のものであることの注意喚起とともに、ホームページにおいて告知している(甲12、92、133、137の6-4、弁論の全趣旨)。このことは、逆にいえば、一般に「防災士」の名称は、その前に付加される語句如何にかかわらず、原告の認証する「防災士」と関係するものであるとの誤解が生じやすいという現状認識を示すものということができる

 ここでは“本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度”、“商品等の取引者及び需要者の共通性”及び“その他取引の実情”について判断されている。
 まず、“本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度”に関する判断は以下のとおりである。
 裁判所は初めに、原告の役務の内容を認定した上で、「防災と食に関するテーマが、本件登録査定日前から防災士が講師として参加する防災に関する地方自治体等の行う啓蒙活動等において繰り返し取り上げられている」ことを指摘する。そして、「「防災」と「食」とが密接に関連しており、防災に関係する食の問題が原告の業務に係る役務…の対象分野の一つであることを示す」と述べた。
 一方、本件商標の指定役務に関しても、「防災・非常用途の食糧品及びツールに関する商品情報の収集、危機管理情報の収集、分析、提供サービス」…に係る役務として提供されるときは、いずれも防災と食をテーマとする」と述べ、その「意味において、本件各使用商標を使用して行う原告の啓蒙活動等の業務と対象分野が重なることになる」とした。
 以上から、裁判所は、「本件商標の指定役務と原告の業務に係る役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度は、高いというべきである」と認めた。
 続いて“商品等の取引者及び需要者の共通性”については、「いずれも防災又は防災に関する資格に関心を有する者が含まれる」ことから、これが認められると判断する。
 最後に“その他取引の実情”に関しては、静岡県が独自に「静岡県ふじのくに防災士」を養成しており、原告が認証する「防災士」とは別のものであることの注意喚起とともに、そのホームページで告知しているという事情に触れ、、「一般に「防災士」の名称は、その前に付加される語句如何にかかわらず、原告の認証する「防災士」と関係するものであるとの誤解が生じやすいという現状認識を示すものということができる」と述べている。

(エ) 誤認混同のおそれに関する判断
 結論として、裁判所は以上の考慮要素に関する判断を踏まえて以下のとおり述べ、誤認混同のおそれの存在を肯定し、本件審決は取り消されるべきものと判断した。

 以上の事情は、本件登録査定日のほか、その約2か月前である本件商標の登録出願日においても(商標法4条3項)認められる。これらの事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用するときは、その需要者の普通に払われる注意力を基準としても、その役務が原告の「防災士」と何らかの関係を有する防災関係の資格であって、原告又は原告が認めた関係機関が運営・管理するものの業務に係る役務であるとの混同(広義の混同)を生ずるおそれがあるということができる
(中略)
⑺ 取消事由3についての結論
 したがって、本件商標は商標法4条1項15号に該当するから、これを否定した本件審決の判断には誤りがあり、取消事由3には理由がある。
4 結論
 よって、その余の点を判断するまでもなく、本件審決は取り消されるべきものであるから、主文のとおり判決する

3 その他

 以上、商標法4条1項15号に該当するとして、商標登録無効審判の不成立審決が取り消された事例について述べた。
 ところで、本件審決では、次のように述べられ、本件商標の商標法4条1項15号該当性が否定されている。

 引用使用商標は、防災関係者の間においてある程度の周知性を獲得していたとしても、我が国の一般需要者の間において広く親しまれた著名な民間資格ではない。また、防災関連資格の名称としては独創性の程度は低い。
 また、前記のとおり、本件商標と引用使用商標の類似性の程度は低い。
 そうすると、本件商標をその指定役務について使用したとしても、これに接する需要者は、引用使用商標とは異なる固有の民間資格を連想するとしても、引用使用商標又は原告を連想、想起し、当該役務が原告又は原告と経済的若しくは組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品又は役務であるかのように、役務の出所について混同を生ずるおそれはない。

 本件審決は、本件各使用商標の周知性について「ある程度の周知性を獲得していたとしても」と抽象的に述べるのみで、いかなる需要者において周知性を獲得していたか、周知であった需要者が本件商標に係る需要者と共通するかにまでは言及していない。これは、本件商標の指定役務の需要者に「防災又は防災に関する資格について関心を有する者」が含まれ、このような需要者において本件各使用商標が周知であったことまで認定した本判決とは対照的である。
 以上の点からは、商標法4条1項15号に係る「混同を生ずるおそれ」の有無を判断する際は、「他人の表示」の周知性について抽象的に考慮するにとどまらず、それがいかなる需要者において周知であるか、その表示が周知である需要者が出願商標(又は登録商標)に係るものと共通するかまで具体的に考慮する必要があることが示唆されるものと思料する。

 

[1] 商標法4条1項15号に違反してされた商標登録は、不正の目的で登録を受けた場合を除き、審判請求の除斥期間の規定(同法47条1項)が適用され、登録の日から5年を経過した後は審判を請求することができなくなる。

[2] なお、本稿では特に言及しないが、「本件商標の「防災士」の構成部分を分離観察することは相当でなく、本件商標は一連一体の商標と見るべきである」こと等を考慮し、本件商標と本件各使用商標の類似性は否定されており、もって商標法4条1項10号及び11号該当性が否定されている。

 

以上
弁護士 稲垣紀穂