【令和5年11月16日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10040号)】
1 事案の概要
⑴ 手続の経緯等
原告は、令和4年2月24日、被告が特許権者であり、名称を「トレーニング器具」とする発明についての特許(特許第3763840号。以下「本件特許」という。)のうち請求項1及び2に係る部分(以下、請求項1に係る特許発明を「本件発明1」、請求項2に係る特許発明を「本件発明2」といい、本件発明1及び2を併せて「本件各発明」という。)について特許無効審判の請求をし、特許庁は、無効2022-800014号事件として審理した。
原告は、本件各発明について、甲第1号証(米国特許第6196951号明細書、以下「甲1)という。)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一であり新規性を欠く、又は甲1発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであり進歩性を欠く等と主張したが、特許庁は、本件各発明について新規性及び進歩性を認め、令和5年3月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をしたことから、原告は、令和5年4月21日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
⑵ 本件各発明
本件各発明の構成要件を分説すると、以下のとおりである。
ア 本件発明1
A ほぼ並行状で相対向している一対の第1グリップ部と、
B 該第1グリップ部それぞれの両端部同士を接続し、第1グリップ部相互の間隔に比し狭くしてほぼ並行状に相対向している一対の第2グリップ部とによって
C 全体を平面からみてほぼ横長矩形枠を呈した一体のループ状に形成して成り、
D 第1グリップ部は直線状もしくは緩やかな曲線状に形成され、
E 第2グリップ部は正面からみて弓形に湾曲され、
F 中央部分が相互に近接するように平面からみて矩形枠の内方に向かってやや窄まり状に形成されている
G ことを特徴とするトレーニング器具。
イ 本件発明2
H 第1グリップ部は、第2グリップ部との接続部位が丸味を帯びている略矩形状を呈し、
I その矩形枠内に手首あるいは足首が挿入可能になっている
J 請求項1記載のトレーニング器具。
⑶ 本件訴訟における当事者の主張
ア 原告の主張
原告は、甲1に記載された事項のうち、バー10のみを甲1発明と認定するのが相当であると主張し、その理由として以下の点を挙げた。
① バー10は、単独で棒又は管から形成された後、溶接によって重量支持プラットフォーム26に取り付けられるものであるから、甲1には、当該溶接前の部材として、バー10が記載されている。
② 重りを備えるトレーニング器具は、一般に重りの取り外しが可能であるところ、重りを備えるトレーニング器具のうち重りを支持するハンドル部分のみを用いてトレーニングを行えることは、古くから広く知られた事実である。
③ 甲1のバー10は、本件発明1と同一の構成を備えるから、当然にトレーニング器具として使用することが可能なものであり、本件発明1が奏する効果と同様の効果を奏するものである。
その上で、原告は、本件発明1と甲1発明(バー10)との間に相違点は存在せず、本件発明1は新規性及び進歩性を有しないと主張した。
イ 被告の主張
被告は、甲1には、バー10に加えて、重りを取り付けるための支持及びクランプアセンブリを備える発明しか記載されていないことから、原告が主張するように、バー10のみを甲1発明と認定することはできず、本件発明1と甲1発明との間には、「本件発明1は、支持及びクランプアセンブリを備えないのに対し、甲1発明は、これを備える点」において相違点(相違点3)が存在すると共に、当該相違点は、甲1発明並びに他の証拠に記載の技術事項(甲2技術事項、甲3技術事項及び甲4技術事)から当業者が容易に発明できたものではないとして、本件発明1(及び本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明2)は、新規性及び進歩性を有すると主張した。
2 判決
本判決は、以下のように述べて、被告が主張する相違点3の存在を認めた上で、相違点3の容易想到性を否定して本件各発明の進歩性を肯定し、本件審決を維持した。なお、下線は筆者によるものである。
⑴ 相違点3の存否について
本判決は、以下のように述べて、相違点3の存在を認めた。
「甲1記載の発明において、重量支持プラットフォーム26を含む支持及びクランプアセンブリは、バー10を含むバー及びハンドルアセンブリと共に装置の主要構成要素であり、バー10は、溶接等の方法により重量支持プラットフォーム26に固定され、重量支持プラットフォーム26等と物理的に一体であることが前提となっているといえる。また、甲1記載の発明は、従来のバーベル機材等における欠点(比較的長いバーを有する装置は、バランスをとることが困難であり、錘を使用しない装置は、本格的なボディビルダーに対しては限定的な有効性しか有しないなどの欠点)を解消するため、バランスをとることの問題を有意に低減する中央に位置する錘プレート固定手段を有し、複数のハンド・ポジション及び間隔を可能にする三頭筋伸展装置を提供するものであり、バー10は、支持及びクランプアセンブリと一体となって作用効果を奏するといえる。そして、バー10のみが独立してウエイトリフティング・エクササイズにおける運動器具としての作用効果を奏することにつき、甲1には記載も示唆もない。
以上によると、三頭筋運動器具の発明に関する甲1の記載から、その部材の一つにすぎないバー10のみを抽出し、これを独立した運動器具の発明であると解することはできない。」
⑵ 相違点3の容易想到性について
「甲1発明は、ウエイトリフティング装置として、バー10に錘支持部分(重量支持プラットフォーム26、クランプ部材28、固定支柱38)を固定し、錘40を重量支持プラットフォーム26に固着して使用することを前提とした発明である。すなわち、バー10は、重量支持プラットフォーム26等により形成される支持及びクランプアセンブリと物理的に一体となって作用効果を奏するものであるし、バー10が独立して運動器具としての作用効果を奏することについて、甲1には記載も示唆もないから、甲1に接した当業者にとって、甲1発明から支持及びクランプアセンブリを取り外す動機付けがあるとは認め難く、かえって、甲1発明から支持及びクランプアセンブリを取り外すことには阻害要因があるというべきである(なお、…そもそも甲1発明は、支持及びクランプアセンブリを取り外し、バー10のみで使用することをおよそ想定していない発明であるというべきである。)。
したがって、当業者において、相違点3に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできない。」
3 解説
発明の新規性及び進歩性を判断するにあたっては、請求項に係る発明の認定と、引用発明の認定とを行った後に、両者の対比を行う。
本件は、新規性及び進歩性の判断の前提となる引用発明の認定が争点となった事案である。
すなわち、一般に、引用発明の認定は、ひとまとまりの技術的思想として認識できる内容でなされなければならず、その一部のみを抜き出して引用発明と認定することはできないとされている。
この点、原告は、甲1の記載事項のうち、バー10のみを抽出することができるとして、これを甲1発明として認定し、このようなバー10と本件各発明とを対比し、相違点は存在しないと主張した。これに対し、被告は、甲1には、バー10に加えて、重りを取り付けるための支持及びクランプアセンブリを備える発明しか記載されていないことから、上記のような引用発明の認定手法に鑑みると、バー10のみを抜き出して引用発明として認定することはできないと主張した。
裁判所は、被告の主張を認め、甲1発明を、バー10に加えて、重りを取り付けるための支持及びクランプアセンブリを備えるものとして認定した上で、これを備えない本件各発明との間には相違点(被告が主張する相違点3)が存在し、かつ、当該相違点について甲1発明から容易に想到し得たとは認められないとして、本件各発明について進歩性を肯定した。
また、その前提としては、明確に述べていないものの、本件各発明について、甲1発明が備えるような重りを取り付けるための部材を備えず、ループ状のグリップ部のみからなるトレーニング器具であるという認定があるものと思われる。
本件は、引用発明の認定を裁判所が詳細に行った事案であり、発明の進歩性を判断するにあたって参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。
以上
弁護士・弁理士 井上 修一