【令和7年11月26日(東京地裁 令和5年(ワ)第70738号)】
第1 事案の概要
原告は,ワインセラーの霜取り制御に関する特許第6347076号(発明の名称「ワインセラー及び霜取り制御方法」)の特許権者である。
被告は,コンプレッサー方式のワインセラー(イ号製品:1室タイプ,ロ号製品:2室タイプ)を輸入販売する事業者である。
本件発明(請求項1)は,コンプレッサー方式のワインセラーにおいて,冷却器近傍の温度センサー,加温ヒーター,所定のタイミングでコンプレッサーを停止し,冷却器周辺温度に基づき加温ヒーターの起動有無を判断する制御部を備えた上で,
- 第1の温度以下で加温ヒーターを起動し(E1),
- 温度が第2の温度に達したときに加温ヒーターを停止し(E2),
- その後,温度が第2の温度より高い第3の温度に達したときにコンプレッサーを再起動する(E3)
という三つのしきい値温度に基づく段階的制御を特徴とするものである。
被告製品は,冷却器近傍の温度センサー,加温ヒーター等を備え,加温ヒーター停止温度P11とコンプレッサー再起動温度P6が同一値に設定され,さらにコンプレッサー保護のための遅延時間(P13)による再起動遅延機能を有する。
原告は,被告製品が本件発明の構成要件E3等を充足するとして文言侵害を主張し,予備的に均等侵害,間接侵害も主張して,差止・廃棄及び損害賠償を求めた。被告は,構成要件E3の不充足,均等・間接侵害の否定及び進歩性欠如による無効を主張して争った。
第2 裁判所の判断
1 本件発明の技術的意義
裁判所は,本件明細書の記載から,本件発明の課題を,従来の冷蔵庫向け霜取り制御を高湿度のワインセラーに適用すると,
- 不要な霜取り運転が多い非効率性
- 霜取り後も冷却器に残る露が再霜化を繰り返し,霜が増殖する問題
が生じる点にあると整理した。
これに対し,本件発明は,
- 冷却器に霜が付着し得る第1の温度以下の場合にだけ加温ヒーターを起動し,無駄な霜取りを減らすこと
- 第2の温度で加温ヒーターを停止し,第3の温度(第2より高い)に達するまでの温度上昇期間を露滴落下のための時間として利用し,冷却器上の残存露を減らし霜の増殖を防ぐこと
を解決手段とするものであり,三つの温度しきい値による段階制御が本質であると認定したといえる。
2 構成要件E3の解釈と被告製品の不充足
裁判所は,構成要件E3について,制御部が「加温ヒーター停止温度である第2の温度より高い,別個に定められた第3の温度に達したときにコンプレッサーを再起動する」構成を意味すると解し,「第3の温度を超える任意の温度で再起動する」という広い理解を否定した。
被告製品について,原告実験ではヒーター停止時と再起動時の温度に差が見られたものの,裁判所は,
- 再起動温度がヒーター停止温度より一定の値(センサー分解能)だけ高いという構成は認められないこと
- 被告実験によれば,再起動のタイミングは設定された遅延時間P13と一致し,再起動温度は実験ごとにばらつきがあること
を認定し,再起動制御の基準が「温度しきい値」ではなく「時間遅延」であると判断した。
その結果,被告製品は,第2より高い特定の第3の温度に達した場合に再起動するという構成要件E3を備えず,本件発明の技術的範囲に属しないとされた。
3 均等侵害の否定
均等論について,裁判所は,最高裁判例の枠組みに従い,まず第1要件(相違部分が本質的部分でないこと)の成否を検討した。
本件発明の本質的部分は,三つの温度しきい値に基づく段階的制御によって,無駄な霜取りを抑えつつ露滴落下時間を確保し,霜の増殖を防ぐ点にあるとされ,その中でE3の構成(第2より高い第3の温度で再起動すること)は,課題解決に直結する中核要素と評価された。
被告製品は,コンプレッサー保護のための時間遅延により結果として露滴落下時間が生じ得るとしても,制御パラメータは温度ではなく時間であり,本件発明特有の温度しきい値制御を共通に備えているとはいえないとされた。したがって,相違部分は本質的部分であり,均等の第1要件を満たさないとして,均等侵害は否定された。
4 間接侵害の否定
原告は,被告の制御基板が本件発明の実施に不可欠な物であるとして間接侵害を主張したが,そもそも被告製品が本件発明の技術的範囲に属さない以上,制御基板の生産・輸入について特許法101条1号・2号の間接侵害は成立しないと判断された。
5 結論
以上から,文言侵害・均等侵害・間接侵害のいずれも認められず,原告の各請求はいずれも棄却された。
第3 コメント
本判決は,制御系特許における「しきい値パラメータ」の意味づけと,それをめぐる設計回避・均等論の扱いについて,実務上参考になる判断を示した事例であるといえる。
第1に,裁判所は,「第3の温度」を単なる「その温度を超えた任意の温度」として広く解さず,第2の温度と区別された具体的なしきい値として厳格に捉えた。これにより,クレーム上のパラメータを明示的に3段階構成とした結果,その構成が「本質的部分」として固定され,均等論による射程も狭まり得ることが示されたといえる。
第2に,被告が時間遅延によるコンプレッサー保護機能を用いて,結果として露滴落下時間を確保し得る構成であったにもかかわらず,裁判所は,制御の基準が温度ではなく時間である点を重視し,本件発明特有の「温度しきい値制御」とは異なる技術思想と評価した。これは,同一の目的・作用効果が得られる場合でも,制御パラメータの種類が異なれば,均等の第1要件を満たさないと判断され得ることを具体的に示すものである。
第3に,ブラックボックス化された制御製品に対する侵害立証の困難さも浮き彫りになっている。原告は実測温度に基づき精緻な当てはめを試みたが,再起動温度のばらつき等を理由に,裁判所は特定の温度しきい値制御の存在を認めなかった。制御系発明の侵害訴訟では,ログやパラメータ,ソースコード等,内部仕様に直接迫る証拠の確保が重要であるといえる。
総じて,本件は,しきい値を用いた制御クレームの書きぶりと,それに対する時間制御による設計回避の関係を具体的に示した裁判例として,今後のクレームドラフティング及び侵害訴訟の双方において参考になる事例である。
以上
弁護士 多良翔理

