【令和7年1月30日(大阪地裁 令和5年(ワ)第12479号)】
【事案の概要】
本件は、原告が、被告製文書用スキャナーの使用中に高頻度で不具合が生じたところ、これは被告が提供するスキャナー制御ソフトウェアのバグ(欠陥)が原因であって、被告には、同ソフトウェアにつき被告が有するプログラム著作権の利用許諾契約上の債務不履行があると主張して、被告に対し、同債務不履行(民法415条1項)に基づき、損害賠償金500万円及びこれに対する令和5年9月13日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
【判決文抜粋】(下線は筆者)
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、500万円及びこれに対する令和5年9月13日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
(中略)
2 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、広く一般市民に対して電子図書館サービスを提供することなどを目的とし、その達成のために電子図書館の運営等の事業を行う特定非営利活動法人である。
イ 被告は、電子計算機及びその関連装置の研究・開発・製造等、ソフトウェアの開発及び販売等を目的とする、資本金150億円の株式会社である。
(2) 原告によるスキャナーの購入及びプログラム著作権利用許諾契約の成立
ア 原告は、令和2年10月頃、既製品である被告製文書用スキャナー(型番:fi-7600。以下「本件スキャナー」という。)を購入し(原告によると4台)、その事業の用に供した(甲7、弁論の全趣旨)。
イ 被告は、原告を含む本件スキャナーの購入者に対し、スキャナー用の以下の被告製ソフトウェアを提供している(甲2、3)。
(ア) Paperstream IPドライバ(以下「本件ソフトウェア①」という。)
(イ) ScanAll PRO(以下「本件ソフトウェア②」といい、本件ソフトウェア①と併せて「本件各ソフトウェア」という。)
ウ 原告は、本件スキャナーの購入後、本件ソフトウェア①(バージョンは2.10.0。以下同じ。)及び同②(バージョンは2.1.8。以下同じ。)をそれぞれダウンロードし、原告保有のパソコンにインストールして使用を開始した。これにより、原告・被告間で、本件各ソフトウェアにつき被告が有するプログラム著作権の各利用許諾契約(以下「本件各契約」という。)が成立した。本件ソフトウェア①に係る契約内容は別紙1のとおりであり、同②に係る契約内容は別紙2のとおりである。(争いのない事実、甲2、3)
3 争点
(1) 本件各契約に基づく被告の債務不履行責任の有無(争点1)
(2) 損害の発生及びその額(争点2)
4 当事者の主張
(1) 本件各契約に基づく被告の債務不履行責任の有無(争点1)
〔原告の主張〕
ア 原告における本件スキャナーの使用中には、①スキャナーの動作が突然停止する(以下「異常①」という。)、②スキャンした原稿の画像が保存されない(以下「異常②」という。)などの異常が数時間に1回程度の頻度で発生した。異常①は、本件スキャナーのADF(原稿搬送機構のカバー)が開いていなくても、「ADFが開いています。ADFを閉じて用紙をセットし直してください。」などのエラーメッセージがパソコンの画面上に表示されてスキャンが停止するというものであり、ADFを開けてよい状態であっても同じエラーメッセージが表示されることもあった。異常②は、スキャンが完了した原稿のうち、原稿枚数にして1ないし4枚(ページ数にして2ないし8ページ)の連続した画像が保存されていないことがあるというものである。
異常①及び同②は、原告が保有する4台の本件スキャナーにおいて同じくらいの頻度で発生しており、2つの異常が同時に発生することもあった。原告は、4台の本件スキャナーを全て異なるメーカー製のパソコンと接続して使用していたため、パソコンの異常や、本件スキャナーとパソコンとの相性問題が原因とは考えられない。
イ 異常①及び同②の発生原因につき、情報工学の修士号を持つ原告の役員らは、本件各ソフトウェアには明らかにバグがあり、メモリリーク(プログラマーのミスにより、プログラムで使用したメモリ領域が使用後にも解放されず、プログラムを実行するにつれて使用メモリ量が増大し続けて最終的に空きメモリが枯渇すること)が発生し、解放されなかったメモリ領域のデータがログに出力されたことで、保存されたログが20ギガバイトを超える巨大なサイズになったと結論付けた。そこで、原告は被告に対し、このことを伝えたが、被告は言を左右にしてログを受け取ろうとせず、異常の調査も本件各ソフトウェアの修正も行わなかった。
ウ 被告は、本件各契約に基づき、正常に動作する本件各ソフトウェアを原告に提供する義務を負うところ、前記のとおりこれを履行しないものであるから、被告には債務不履行責任がある。
〔被告の主張〕
ア 異常①に関して原告が指摘するエラーメッセージは、本件スキャナーのADF部分が開いている状態(完全に閉まっていない状態)である際に、本件スキャナーにおいて検出したエラーを示すものであって、本件各ソフトウェアに関する問題ではない。また、本件訴訟の提起前に、原告が使用していた本件スキャナー1台を引き上げて被告において調査・確認を行ったが、原告が指摘するような状況でエラーメッセージは表示されなかった(原告による本件スキャナーの使用に問題があったものと考えられる。)。
異常②については、甲第5号証の立証趣旨に照らせば、本件スキャナーの使用中にパソコン画面上に「原稿づまりです。」とのエラーメッセージが表示され、スキャンが停止することを不具合と指摘しているものと解される。しかし、上記エラーメッセージは、本件スキャナーにおいて検出したエラーを示すものであって、本件各ソフトウェアに関する問題ではない。原稿の一部につきスキャンがされていないという事象についても、本件スキャナーと同機種を利用している原告以外の購入者から同様の指摘がされたことはなく、また、前記の本件スキャナーの引上げ調査・確認においても、原告が指摘するような状況で当該事象が発生することはなかった。
イ 原告は、異常①及び同②が発生した際のログが肥大化している原因は本件各ソフトウェアによるメモリリークにあり、これが異常①及び同②の発生原因である旨主張するが、プログラムが使用するメモリ量が増大し続けて空きメモリが枯渇することをメモリリークとするのであれば、ログが肥大化することとメモリリークとは無関係である。また、甲第6号証のようにパソコン画面に「メモリ不足」のエラーメッセージが表示されたからといって、当然にメモリリークが発生しているというものではなく、大量の原稿読み取りにより、本件スキャナーから送信されたスキャンデータをパソコン側で受け取るだけのメモリ空き容量がない場合に、上記エラーメッセージが表示されるものである。
したがって、異常①及び同②の発生原因がメモリリークであるとする原告の主張は前提を欠く。
ウ よって、本件各ソフトウェアに異常①及び同②の発生原因となる不具合があるとは認められないから、被告には本件各契約に基づく債務不履行はない。
(2) 損害の発生及びその額(争点2)
〔原告の主張〕
(中略)
〔被告の主張〕
否認ないし争う。
仮に、本件各ソフトウェアに異常①及び同②の発生原因となる不具合が存在していたとしても、本件各契約においては、本件各ソフトウェアにバグ等の不具合が存在していないことは保証しない旨規定され(各9条(2))、また、本件各ソフトウェアの使用から生じた損害は賠償しない旨規定されている(各9条(3))から、被告は債務不履行に基づく損害賠償責任を負わない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件各契約に基づく被告の債務不履行責任の有無)について
(1) 原告は、原告保有のパソコンにより本件スキャナー及び本件各ソフトウェアを使用中に異常①が発生した際のログのデータとして甲第4号証を提出する。これによると、データサイズは合計約21.6ギガバイトであり、特に、「FI_20210 220133024」→「Administrators」→「ISIS」→「Log」と順にたどった最後のフォルダ内に格納されている「dbg_isis.log」ファイルのサイズが4ギガバイト余りと比較的大容量であること、これと同一名称・同一サイズのファイルが、「FI_20210 220133024」→「Administrators」→「PaperStream IP (ISIS)」→「Log」→「iCu beLog」と順にたどった最後のフォルダ内にも格納されており、さらに、上記2つのフォルダ階層のうち、「Administrators」を「Users」に置き換えた上での最後のフォルダ内(「Log」フォルダ内及び「iCubeLog」フォルダ内)にも格納されていること(上記ファイルが合計4個存在すること)が認められる。
また、原告は、原告保有のパソコンにより本件スキャナー及び本件各ソフトウェアを使用中に異常②が発生した際のログのデータとして甲第5号証を提出する。これによると、データサイズは合計約19.1ギガバイトであり、特に、「FI_20210629003902」→「Administrators」→「ISIS」→「Log」と順にたどった最後のフォルダ内に格納されている「dbg_isis.log」ファイルのサイズが4ギガバイト余りと比較的大容量であること、これと同一名称・同一サイズのファイルが、「FI_20210 629003902」→「Administrators」→「PaperStream IP (ISIS)」→「Log」→「iCu beLog」と順にたどった最後のフォルダ内にも格納されており、さらに、上記2つのフォルダ階層のうち、「Administrators」を「Users」に置き換えた上での最後のフォルダ内(「Log」フォルダ内及び「iCubeLog」フォルダ内)にも格納されていること(上記ファイルが合計4個存在すること)が認められる。
上記各ログが、それぞれ異常①及び同②の発生時の状況を的確に保存したものであるかは明らかではないが、仮にそうであるとしても、上記認定の事実から、主として「dbg_isis.log」ファイルが大容量となった原因が原告の主張する「メモリリーク」にあることや、「メモリリーク」が異常①及び同②の発生原因であることを認めるに足りず、他に原告の主張を裏付ける証拠はない。殊に、原告が異常①につき指摘する「ADFが開いています。ADFを閉じて用紙をセットし直してください。」又は「スキャナーカバーが開いています。」(甲7参照)とのエラーメッセージは、通常は本件スキャナー自体の問題を示すものと解されるところ、本件各ソフトウェアが原因で上記のメッセージに係るエラーが発生していることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件各ソフトウェアにより「メモリリーク」が生じていること、及び「メモリリーク」が異常①及び同②の発生原因であることはいずれも認められない。
(2)ア 原告は、本件各ソフトウェアには、本来は原稿1枚目をスキャンする直前にスキャンに必要な全てのメモリ領域を確保すべきところ、原稿2枚目以降のスキャン中にメモリ確保の処理を行っているという重大なバグないし設計ミスが存在し、そのため、甲第6号証ないし甲第7号証のように「メモリ不足」のエラーが生じ得るし、メモリリークも発生していると推測される旨主張する。
しかしながら、上記「メモリ不足」のエラーにつき、被告は、大量の原稿読み取りにより、本件スキャナーから送信されたスキャンデータをパソコン側で受け取るだけのメモリ空き容量がない場合に、上記エラーメッセージが表示されるものである旨説明するところ、その説明自体は合理的なものであると解される。そして、上記のバグないし設計ミスが存在することを示す証拠はなく、それらによるメモリリークが上記エラーの原因であるとは認めるに足りない。その他、本件各ソフトウェアに上記のバグないし設計ミスが存在することを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。
イ また、原告は、4台の本件スキャナーを全て異なるメーカー製のパソコンと接続して使用していたにもかかわらず、いずれの本件スキャナーにおいても異常①及び同②が同じくらいの頻度で発生したから、パソコンの異常や、本件スキャナーとパソコンとの相性問題が原因とは考えられない旨主張する。
しかしながら、原告の主張する状況下で異常①及び同②が発生したからといって、直ちに本件各ソフトウェアの不具合がその発生原因であると推認できるものではないし、本件各ソフトウェアにより生じているとされる「メモリリーク」が異常①及び同②の発生原因であることまで推認できるものではないことはなおさらである。加えて、被告の事業規模(前提事実(1)イ、弁論の全趣旨)からすると、本件各ソフトウェアについても相当数のユーザーが存在することがうかがわれるところ、他に原告の主張する不具合や異常と同様の事象が発生している事実は認められない。したがって、原告の主張は認められない。
2 結論
よって、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
【解説】
本件は、原告保有のパソコンにより本件スキャナー及び本件各ソフトウェアを使用中に、異常①及び②が発生したことについて、本件各ソフトウェアのバグに起因するものであるとして、原告が、被告にはプログラム著作権の利用許諾契約上の債務不履行があると主張した事案である。
原告が、著作権の利用許諾契約の中の、具体的にどの債務について被告の債務不履行があると主張しているのか、判決文からは明らかでないが、裁判所は、異常①及び②の発生原因が、本件各ソフトウェアによるものであるかを判断し、原告が主張する「メモリリーク」がこれらの異常の発生原因であることを認めることはできないとして、本件各ソフトウェアとこれらの異常の間の因果関係を否定した。また、本件各ソフトウェアについても他に相当数のユーザーが存在すると想定されるところ、同様の不具合が発生しているとの他のユーザーからの報告が認められないことも、原告の主張を否定する根拠とされた。
判決文に記載された限りでは、原告の主張を裏付ける証拠は、原告の役員の推測程度しか見られず、裁判所の判断は妥当なものと考えられる。
なお、争点1において本件各ソフトウェアと異常①及び②の因果関係が否定されたため、争点2について裁判所の判断はなされなかったが、被告が主張するとおり、プログラム著作権の利用許諾契約においては、本件各ソフトウェアにバグ等の不具合が存在していないことは保証されず、被告は本件各ソフトウェアの使用から生じた損害は賠償しない。この点からも、原告の主張が認められることには困難があったと考えられる。
本件は、著作権の利用許諾契約を対象としているが、債務不履行の有無が判断対象となっている。債務不履行を主張して損害賠償を請求する際には、不履行となっている具体的な債務を特定し、当該債務の不履行であることを示し、損害との因果関係も示す必要がある。本件においては、原告は、債務の特定及び損害との因果関係の両方を示すことができなかったと思われる。このような債務不履行を主張する手順を知るための一例として、紹介させていただいた。
以上
弁護士 石橋茂