【令和7年9月18日(大阪地裁 令和6年(ワ)第7193号)】

 

第1 事案の概要

 原告Aは、被告株式会社ダイフクの従業員として物品搬送設備のシステム開発に従事し、その過程で、半導体工場向け等の物品搬送設備に関する4件の職務発明(本件各発明)を他の従業員と共同で行った。被告は、就業規則に基づく職務発明規程(本件規定)により、これらの特許を受ける権利を取得し、本件各出願を行った。
 本件出願3のみ特許登録済みであり、他の出願は審査中であったが、被告は、本件規定及び実施細則(本件細則)に基づき、原告に対し出願報奨金を支払っており、登録報奨金についても支払申出をしていた。
 これに対し原告は、本件規定は周知されておらず、内容も対価的に不合理であり、発明者の意見聴取の機会も確保されていないから、特許法35条5項の趣旨に照らして無効ないし不合理であると主張した。そのうえで、本件規定を適用しないことを前提に、被告の売上高・超過売上高率・仮想実施料率・寄与率等を前提とする計算により、特許法35条7項に基づく「相当の利益」として少なくとも5775万円が原告の取り分であると主張してその支払を求めた。
 主要な争点は、①本件規定による対価支払が不合理か(争点1)、②不合理とすれば、本件規定によらない「相当の利益」の額はいかに定まるか(争点2)である。

 

第2 裁判所の判断

1 争点1(本件規定の不合理性)の判断
 裁判所は、まず、本件規定・本件細則の制定・改定経緯と運用状況を認定した。すなわち、本件規定は従前の規定を改めて平成15年に制定され、その後、特許法35条改正及び経産省指針(本件指針)の公表を受け、平成28年に労働組合との協議を経て本件規定1・本件細則1に改定されたこと、協議の場では報奨金制度の内容や退職者への支払、寄与率決定の考え方等について具体的な質疑応答が行われたことを認定した。
 さらに、本件規定・本件細則は社内システムで常時閲覧可能とされ、新人研修において報奨制度の概要説明と質疑が行われていたこと、令和5年の本件細則4改定時には全従業員から実績報奨金増額等に関する意見募集が行われ、原告自身も賛成意見や提案を投稿し、会社がそれに回答していたこと、令和6年の本件規定3では退職者への支払が明文化されたこと等を認定した。
 また、実績報奨金制度については、事業部と知的財産部が対象特許権の実施状況等を客観指標に基づいて評価し等級を決定する仕組みであり、その過程で特許実績評価シートが作成され発明者も内容を確認できること、特級については別途審査委員会で発明者の意見を聴取すること、報奨金支払時にも問い合わせ窓口を案内していることなどから、発明者が関与し意見を述べる機会も一定程度確保されているとした。
 これらを前提に裁判所は、本件規定及び本件細則は、基準策定時の協議、基準内容の開示・周知、相当の利益決定過程における意見聴取のいずれの観点からみても、特許法35条5項及び本件指針の趣旨に沿うものであり、その定めるところにより相当の利益を付与することが不合理であるとはいえず、むしろ合理的な制度であると判断した。
 原告は、退職後に規定の開示がなされなかったことや、規定内容が複雑で個別説明がなかったこと、また自らの試算による高額な相当対価額との乖離を理由に不合理性を主張した。しかし裁判所は、就業規則由来の規程について従業員ごとに個別説明・個別同意を要しないこと、原告自身が在職中に本件規定に基づく報奨金を受領していたこと、退職者への内規開示範囲が現職者と異なることは直ちに不合理性を意味しないことを指摘した。さらに、相当の利益の具体的金額水準は私的自治に委ねられる側面が大きく、本件のように出願・登録報奨金に加え、実施実績に応じた実績報奨金制度が整備されている場合には、単に従業者側の理論値との乖離のみをもって不合理性を基礎づけることはできないとした。
 以上より、裁判所は、本件規定及び本件細則は合理的であり、本件各発明についての相当の利益はこれらに従って決定されるべきであると結論づけた。

2 争点2(本件規定によらない「相当の利益」の額)について
 争点1のとおり、本件規定による対価支払が不合理であるとは認められない以上、本件規定が適用されないことを前提とする原告の特許法35条7項に基づく相当の利益請求は、その前提を欠き、理由がないとされた。
 また、原告は令和6年3月31日までに発生した相当の利益を一部請求しているところ、同時点までに発生した報奨金については被告が既に弁済済みであるから、その範囲でも原告の請求には理由がないと判示された。
 そのほか、口頭弁論終結間際に提出された被告準備書面等について、裁判所は、原告が直前に新主張を行っていた事情に照らし、時機に後れた攻撃防御方法には当たらないとし、また弁論終結に対する原告の異議も不適法又は理由なしとして退けた。
 結論として、原告の請求はいずれも棄却され、訴訟費用は原告負担とされた。

 

第3 コメント

 本判決は、改正特許法35条の下での職務発明対価紛争において、使用者側職務発明規程の合理性が肯定された事例として、実務上参考になるといえる。
 第一に、本件指針の枠組みに沿い、協議・開示・意見聴取というプロセス面に重きを置いて合理性を判断している点が重要である。単に規程が存在するだけでなく、労働組合との協議、新人研修による説明、全従業員への意見募集、発明者が関与し得る評価手続など、企業側がどのような手続・運用を構築しているかが重視されている。
 第二に、対価額の多寡と不合理性判断を峻別し、実施実績に応じた実績報奨金制度が設けられている場合には、従業者側が独自に算定した高額な理論値と実際の報奨金額の差のみから直ちに不合理性を導くことはできないと判示した点は、今後の紛争の見通しに影響を与えるといえる。
 第三に、退職者に対する規程開示義務や個別説明義務について、これを広く肯定しなかった点も、企業側の運用実務にとって一定の指針となる。ただし、本判決は実績報奨制度が一定程度整備され、かつ運用面でも協議・周知・意見聴取が行われていた事案であるから、実績報奨が実質的に支払われない場合や評価プロセスが形骸化している場合まで当然に使用者に有利な判断が及ぶとまではいえない。
 実務的には、企業側は、職務発明規程の文言整備のみならず、労組・従業員との協議記録、社内システムや研修による周知、意見募集の運用、評価シートによる実績評価の見える化など、手続面の充実を図ることが、将来の紛争において規程の合理性を支えるうえで重要であるといえる。従業者側としては、規程そのものの有無だけでなく、実際の運用において意見聴取が行われていたか、実績報奨金が実質的に支払われているかといった点を丁寧に主張立証していく必要があると考えられる。

 

以上
弁護士 多良翔理