【令和5年11月28日(知財高裁令和5年(ネ)第10021号)】
【事案】
本件は、発明の名称をいずれも「加熱器が改善された電気加熱式喫煙システム」とする本件各特許(特許第6210610号及び第6210611号)に係る本件各特許権の特許権者である控訴人(原審原告。以下「原告」という。)が、被告製品1(加熱式喫煙具)は本件各特許に係る発明の技術的範囲に属しており、被控訴人(原審被告。以下「被告」という。)によるこれらの輸入、販売、輸出及び販売の申出が本件各特許権を侵害すると主張し、被告による被告製品2(加熱式たばこ「Neostiks」)の輸入、販売、輸出及び販売の申出が本件各特許権の間接侵害(特許法101条1号又は2号)に当たると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の譲渡等の差止及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償(一部請求)を求めた事案である。
【キーワード】
訂正の再抗弁、時機に後れた攻撃防御方法
【前提事実】
(1)当事者等
控訴人は、タバコ及びタバコ関連製品の開発、製造、輸入、販売等を業とするフィリップ・モーリスグループに属するスイス法人である。控訴人の製品には、平成26年に日本で発売された加熱式タバコ用の加熱器「IQOS」並びに「IQOS」専用の加熱式タバコ「HEETS」及び「HEATSTICKS」がある。
被控訴人は、タバコ及びタバコ関連製品の輸入、販売を業とする合同会社であり、その取り扱う製品には、加熱式タバコ用の電気式加熱器及びタバコ材料を含む加熱式タバコが含まれる。
(2)原審
被控訴人(被告)は、原審において、本件発明についての無効の抗弁を主張し、これに対して、控訴人(原告)は、原審において、訂正の再抗弁を主張しなかったと思われる。そして、原審において、当該無効の抗弁が認められて、控訴人(原告)の請求が棄却された。
【争点】
本件の争点は、以下のとおりである。
(1) 被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか等
(2) 無効の抗弁の成否
(3) 損害額
(4) 差止め等の必要性
本稿では、これらの争点ではなく、控訴人が控訴理由書に記載した訂正の再抗弁が、時機に後れた攻撃防御方法であるものとして却下された点についてとり上げる。
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、発明の名称をいずれも「加熱器が改善された電気加熱式喫煙システム」とする本件各特許(特許第6210610号及び第6210611号)に係る本件各特許権の特許権者である控訴人(原審原告。以下「原告」という。)が、被告製品1(原判決別紙物件目録記載の加熱式喫煙具)は本件各特許に係る発明の技術的範囲に属しており、被控訴人(原審被告。以下「被告」という。)によるこれらの輸入、販売、輸出及び販売の申出が本件各特許権を侵害すると主張し、被告による被告製品2(加熱式たばこ「Neostiks」)の輸入、販売、輸出及び販売の申出が本件各特許権の間接侵害(特許法101条1号又は2号)に当たると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の譲渡等の差止及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為(原告は外国法人であるが、加害行為の結果は日本で発生しているので、法の適用に関する通則法17条により日本法が準拠法となる。)に基づく損害賠償請求(一部請求)として、被告に対し、1億円(内訳は、被告製品1に係る不法行為につき5000万円、被告製品2に係る不法行為につき5000万円)及びこれに対する不法行為の後の日である平成30年7月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号附則17条3項の規定によりなお従前の例によることとされる場合における同法による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は、被告製品1は本件各特許に係る発明の技術的範囲に属するが、本件各特許には進歩性欠如の無効理由があるから、特許法104条の3第1項により、原告は被告に対し、本件各特許権を行使することができないとして、原告の請求をいずれも棄却した。
原告は、原判決のうち、不法行為に基づく損害賠償請求をいずれも棄却した部分について不服があるとして控訴した。したがって、特許法100条1項及び2項に基づく各請求は、当審の審理の対象とはならない。なお、原告が控訴理由書第3に記載した訂正の再抗弁は、時機に後れた攻撃防御方法であるものとして民事訴訟法297条、157条1項により却下されているため、当審における争点とはならない。
【検討】
民事訴訟法157条1項には、「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。」として、時機に後れた攻撃防御方法の却下について定められている。裁判所が、同項に基づいて攻撃防御方法の却下をなすためには、①時機に後れて提出されたものであること、②それが当事者の故意又は重大な過失に基づくものであること、③それについての審理によって訴訟の完結が遅延すること、という3つの要件を満たす必要がある。
この点、時機に後れた攻撃防御方法の却下に関し、最高裁第三小法廷昭和30年4月5日(昭和28年(オ)759号)は、「所論引用の大審院判例(昭和八年二月七日判決)が、控訴審における民訴一三九条の適用について、第一審における訴訟手続の経過をも通観して時機に後れたるや否やを考うべきものであり、そして時機に後れた攻撃防御の方法であつても、当事者に故意又は重大な過失が存すること及びこれがため訴訟の完結を延滞せしめる結果を招来するものでなければ、右の攻撃防御の方法を同条により却下し得ない趣旨を判示していることは所論のとおりであつて、この解釈は現在もなお維持せらるべきものと認められる。」と判示している。このように、控訴審において、攻撃防御方法の提出が時機に後れたものであるか否かを判断するにあたっては、第一審における訴訟手続の経過をも参酌して考えるべきであると示されている。
本件は、原審において、無効の抗弁が主張され、これに対して、訂正の再抗弁は主張されていないと思われる。そして、当該無効の抗弁が認められて、控訴人(原告)の請求が棄却され、その後、控訴人(原告)が、控訴理由書第3において訂正の再抗弁を主張したが、時機に後れた攻撃防御方法であるものとして却下されている。控訴人(原告)が控訴理由書第3に記載した訂正の再抗弁が、原審及び控訴審における訴訟手続との関係でどのような位置付けのものであるのか、控訴審の判決から判断することはできないが、少なくとも、原審における訴訟手続の経過が参酌された上で、控訴理由書に記載された訂正の再抗弁が時機に後れた攻撃防御方法にあたると判断されたものと考えられる。控訴人(権利者)としては、控訴理由書に記載した訂正の再抗弁であっても、時機に後れた攻撃防御方法にあたるものとして却下される場合があることに留意すべきである。
本件は、無効の抗弁に対して訂正の再抗弁を主張する権利者の立場、及び訂正の再抗弁が時機に後れた攻撃防御方法にあたるものとして却下されるべきと主張する被疑侵害者の立場の双方から参考になる判決である。
弁護士・弁理士 溝田尚
以上

