【令和7年9月3日(東京地裁 令和7年(行ケ)第10016号)】 

【キーワード】

商標法53条の2、パリ条約、商標に関する権利

【事案の概要】

被告は、以下の登録商標(以下「本件各商標」といい、本件商標に係る商標権を「本件商標権」という。)を有している。

登録番号:登録第6485884号

商標:CLASSIC SNOW SOCKS

出願日:令和3年5月20日

登録日:令和3年12月14日

指定商品・役務:自動車並びにその部品及び附属品(布製の滑り止めタイヤチェーンを含む。)の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供

原告は、パリ条約の同盟国等である米国において、以下の登録商標(以下「引用商標」という)を有している。

登録番号:米国登録第3838639号

商標:

登録日:2010年8月24日

指定商品・役務:Anti-skid chains for vehicles ; Anti-skid textile covers for tires

また、原告は米国において「Classic」の文字からなる商標(以下「使用商標」という。)を使用していた。米国では商標法において使用主義を採用しており、「使用主義」とは、商標権は登録によって発生するものではなく、使用によって発生するという考え方である。

原告は、本件商標は商標法(以下「法」という。)53条の2に該当するとして、本件商標を取消すことを求めて取消審判の請求を行ったところ、特許庁では、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)がなされたため、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

【争点】

・商標法53条の2に定める「商標に関する権利を有する者」の該当性

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~3(省略)

第4 当裁判所の判断

1 取消事由1(「商標に関する権利」の判断の誤り)について

(1) 原告は、本件商標の出願日以前から、布製タイヤチェーンに使用商標「Classic」を誠実に悪意なく、採択・使用しているのであり、これは、商標としての機能を発揮する態様での使用であるから、米国においてコモン・ロー上の商標権が発生している旨主張する(なお、原告は、「商標に関する権利」として、引用商標を主張してはいない。)。

(2) そこで検討するに、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、使用商標「Classic」の使用実績として、以下の事実が認められる。

ア 原告の英語版、スペイン語版及び日本語版のウェブサイトでは、「イッセ・スノーソックス」は原告が開発・製造する布製タイヤチェーンであり、そのうち、代表的なスノーソックス(標準モデル)を「Classic Model」、制動性・耐久性に優れた高品質モデルを「Super Model」、大型車両向けのモデルを「Truck Model」として表示して、布製タイヤチェーン(スノーソックス)が販売されている(甲5の3の1~3)。

また、原告の日本語版のウェブサイトにおける原告商品に関する「よくあるご質問」には、「クラシックとスーパーの違いは何ですか?-スーパーは高品質モデル、クラシックは標準モデルです。雪や氷の上でブレーキをかけたときの停止距離は、スーパーがクラシックより約30%ほど短く、また同条件下での耐久性は、スーパーがクラシックの2倍ほど耐久性があります。雪山や坂道の多い道路、通常でもチェーンの装着が求められる場所ではスーパーのご使用をお勧めいたします。都市部を中心に、年に数回程度の急な雪に備えたい方はクラシックをお勧めいたします。」と記載されている(乙17)。この記載は、英語版及びスペイン語版のウェブサイトにおいても同様に記載されていると推認される。

イ 原告は、米国において、「」を2008年12月23日に商標登録出願し、2010年8月24日に米国商標登録第3838639号を取得している(引用商標)。そして、原告が2016年8月15日に提出した商標見本のウェブサイト写真には、原告の商品一覧表の上部に、原告のハウスマークである「」が大きく表示され、その一覧表に掲載された布製タイヤチェーンの商品種別として、「Classic C-600」等と記載され、ブランド名(「Brand」)として「」が表示されている。また、原告が2020年8月5日に提出した商標見本の写真には、商品包装の上部に「」が表示され、商品の写真を挟んだ下部に「Classic」と表示されている。(甲5の4の1~3、甲7)

ウ 米国において、原告の商品を販売している「ECS Tuning」のSNSサイトには、原告の商品である布製タイヤチェーンについて、3種類のスタイルと2種類のサイズがあるとされ、それらが「Classic C-600」、「Super C-500」、「Super ECO C-700」の3種類とそれぞれに2種類のタイヤサイズが紹介されている(甲13の1・2)。

エ 米国の消費者組織である「コンシューマー・リポート」の公式サイトにおいて、商品包装の上部に「」が表示され、商品の写真を挟んだ下部に「Classic」と記載された原告商品が紹介されている(甲14の1・2)。

オ 米国の小売サイトにおいて、布製タイヤチェーンの種類として「Classic」及びタイヤサイズが記載された原告商品や、商品包装の下部に「Classic」と記載された原告商品が販売されている(甲5の5の1・2、甲8)。

(3) 以上の認定事実によると、布製タイヤチェーンとの関係で出所識別標識として機能している標章は、原告のハウスマークである「」又は原告の略称である「ISSE」であって、「Classic」の文字は、原告が販売する布製タイヤチェーンが有しているグレードや性能、装着しようとしているタイヤへの適合を判断するための用途や品質を表示する文字として機能しているものであって、出所を識別するものとして機能しているものとはいえず、商標としての機能を発揮する態様で使用しているとは認められないから、米国のコモン・ロー上の商標権が発生していると認めることはできない。そうすると、原告が主張する使用商標は法53条の2に規定する「商標に関する権利」に該当せず、原告は、同条の「商標に関する権利を有する者」に該当しないから、取消事由1に関する原告の主張は理由がない。

(以下、省略)

【検討】

1 商標法53条の2とは

商標法では、商標登録の取消審判の一種として、第53条の2において、次のとおり定められている。

第53条の2(下線部は筆者)

登録商標がパリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者の当該権利に係る商標又はこれに類似する商標であって当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務を指定商品又は指定役務とするものであり、かつ、その商標登録出願が、正当な理由がないのに、その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないでその代理人若しくは代表者又は当該商標登録出願の日前一年以内に代理人若しくは代表者であつた者によってされたものであるときは、その商標に関する権利を有する者は、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。

これは、国際的調和を図り、パリ条約同盟国で商標に関する権利を有する者の保護を強化することを目的として設けられた条文である。

条文に記載のとおり、当該取消審判を請求するためには、前提として「パリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者」である必要がある。また、米国やイギリス等の使用主義を採用する国では、登録されていなくともその使用する商標について排他的な権利が認められている場合、当該権利を有する者も含まれる。

2 本件

本件では、原告が「パリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者」であるか否かが争点となり、裁判所は、原告が、使用商標について出所識別標識としての「使用」を行っているか否かを判断した。米国のコモン・ロー上、保護を受ける商標は「取引に置いて使用」されている必要があり、ここでの「使用」とは、出所識別標識として使用と解されているためである。

裁判所は、ウェブサイト、商品見本、SNSや消費者組織である「コンシューマー・リポート」の公式サイト等の記載から、使用商標は用途や品質を表示する文字として機能しており、出所を識別するものとして機能しているのは原告のハウスマークであるとして、原告は使用商標について「商標に関する権利を有する者」に該当しないと判示した。

仮に、原告がハウスマークを付さずに、大々的に「Classic」という商品名のみを使用して商品を販売していた場合は違う判断となったのかもしれないが、日本法的には、「Classic」の文字は取引者・需要者において商品の品質等の特徴を表示していると解される標章であり、原告は日本法での商標権者にはなりえないのではないかと考える。

以上

弁護士 市橋景子