【令和7年9月25日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10033号)】

 

【事案の概要】

1 本件は、本願商標に係る商標登録出願の拒絶査定に対する不服審判請求について、請求不成立とした本件審決の取消しを求める訴訟である。争点は、本願商標の商標法4条1項11号該当性である。

2 特許庁における手続の経過等
⑴ 本願商標は、別紙「商標目録」【商標】記載のとおり、下寄りの一部を白抜きの細い横線で装飾した赤色の「allstar」の欧文字を横書きした本願文字部分と、その左側に配置された横線と円弧図形とを組み合わせたような赤色の本願図形部分の構成からなる。本願商標は、2019年(平成31年)2月1日に欧州連合知的財産庁にされた商標登録出願に基づいてパリ条約4条による優先権を主張し、2019年(令和元年)7月9日に国際商標登録出願された。もともと、本願商標の指定商品は、第8類、第9類、第14類、第25類、第27類及び第28類に属するものが、指定国を日本国とする国際登録において指定商品として指定されていた(乙1)。
 本願商標の指定商品は、2021年(令和3年)7月30日付け手続補正書により補正された後(乙2)、2022年(令和4年)9月2日付けで一部移転の通報があり(乙3。なお、枝番のある書証で枝番を掲げていない場合は、全ての枝番を含む趣旨である。以下同じ。)、最終的に、第8類、第25類、第27類及び第28類に属する商品であって、別紙「商標目録」【指定商品】記載のとおりのものとなった。
⑵ 本願商標に係る商標登録出願については、令和5年3月15日付けで拒絶査定がされたことから、原告は、同年6月27日、拒絶査定不服審判の請求をした。特許庁は、これを不服2023-650052号事件として審理し、令和6年12月16日、請求不成立の本件審決をし、その謄本は同月20日に原告に送達された。
⑶ 原告は、令和7年4月15日、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

3 引用商標
 引用商標は、別紙「引用商標目録」【商標】記載のとおりの構成から成り、同目録【指定商品】記載とおり、第28類「運動用具(体育用器械器具・体操用器械器具・スターターピストル・スケート靴を除く。)」を指定商品とする。

4 本件審決の理由の要旨
 本願商標及び引用商標は、両者の外観を比較すると、その構成文字である「allstar」と「allstar」は、共通する語を表しており、記憶される印象において互いに極めて似通ったものとなる。また、その構成文字に相応して、いずれも「オールスター」の称呼及び「オールスターの」程度の観念を生じる。
 そうすると、本願商標と引用商標は、その外観、称呼及び観念を総合して全体的に考察すると、同一又は類似の商品に使用するときは、出所について誤認混同を生じるおそれがあるから、類似の商標と認められる。また、本願商標の指定商品中第25類、第27類及び第28類は、引用商標の指定商品と同一又は類似の商品を含む。したがって、本願商標は、商標法4条1項11号に該当するから、これを登録することができない。

 

【判決文抜粋】(下線は筆者)

主文

1 特許庁が不服2023-650052号事件について令和6年12月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

 この判決で用いる主な略語は、他に本文中で定義するもののほか、次のとおりである。
本件審決:特許庁が不服2023-650052号事件について令和6年12月16日にした「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決
本願商標:別紙「商標目録」記載の商標(乙1から3の2まで)
本願文字部分:本願商標のうち、下寄りの一部を白抜きの細い横線で装飾した赤色の「allstar」の欧文字を横書きした部分
本願図形部分:本願商標のうち、本願文字部分の左側に配置された横線と円弧図形を組み合わせたような赤色の図形
引用商標:別紙「引用商標目録」記載の商標(甲1・商標登録第431660号の1)

第1 請求
 本件審決を取り消す。

第2 事案の概要
(中略)

第3 審決取消事由に関する当事者の主張
(中略)

第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本願商標は、引用商標とその外観を大きく異にするものであり、商標法4条1項11号の「他人の登録商標に類似する商標」には該当しないから、本件審決は取り消されるべきものと判断する。
 その理由は、次のとおりである。

2 判断枠組み
 商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断する必要がある。この場合において、商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず、この三点のうちその一において類似するものでも、他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によって、何ら商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては、これを類似商標と解すべきではない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
 商標の類否判断に当たり考慮することのできる取引の実情とは、その指定商品全般についての一般的、恒常的な事情を指すものであって、単に当該商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的、限定的な事情を指すものではない(最高裁昭和47年(行ツ)第33号同49年4月25日第一小法廷判決・判例秘書L02910388参照)。
 商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されない(最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・判タ1280号114頁、最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日・民集17巻12号1621頁参照)。

3 以上を前提に検討する。
⑴本願商標の分離観察の可否について
 本願商標は、本願文字部分と本願図形部分が結合してなる商標である。本願図形部分は、本願文字部分の文字間隔と同様の間隔を空けて本願文字部分の左側に配置されているが、文字とは異なり、それ自体で意味や音を表示するものではない。しかし、本願図形部分は、本願文字部分の左端に一文字分の横幅をとって配置され、本願文字部分の欧文字を左から読む場合には、最初に目につく部分であって、外形的にみて本願商標の特徴的な部分を構成している。また、本願図形部分は、本願文字部分の白抜き部分と一体となって、フェンシングの剣を模すデザインの一部であり、本願図形部分は、フェンシングの剣の鍔と柄を模したものであることが認められる。そうすると、本願図形部分は、本願文字部分と一体となり、全体として一定の観念を想起させることが予定されているものである。本願図形部分は、本願商標の特徴的な部分を構成しているから、本願文字部分だけが取引者、需要者に対し商品の出所識別標識として特に強く支配的な印象を与えるものとまでいうことはできない。また、本願図形部分はフェンシングの剣の鍔と柄を模したものであるから、本願図形部分からおよそ出所識別標識としての観念が生じないと認めることもできない。一般に商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されており、みだりに分離観察すべきではないことを踏まえると、本願商標における本願図形部分と本願文字部分とを分離することは、取引上不自然であって、これを分離観察することは相当ではないというべきである。

⑵外観について
 本願商標と引用商標の外観を比較すると、本願商標には、本願図形部分が存在し、本願図形部分と本願文字部分の白抜き部分が一体となってフェンシングの剣を模した図形が含まれていること、本願商標の本願文字部分は「allstar」の「all」と「star」との間にスペースがない一語となり、かつ、全て小文字になっているのに対し、引用商標においてはAll」と「Star」との間のスペースがあり、かつ、頭文字が大文字になっていること、本願文字部分の字体はポップ体風で線の太さが均一なデザインで構成されているのに対し、引用商標の欧文字の字体は手書きの筆記体風で線の太さも均一ではないこと、本願文字部分にはカタカナのふりがなは付されていないが、引用商標についてはカタカナのふりがなが付されていることといった差異があり、取引者及び需要者に与える印象において顕著な差異があるものと認められる。したがって、両者の外観が類似していないことは明らかである。

⑶称呼について
 本願商標のallstarは一語であり、引用商標のAllStarは二語から構成されている。研究社新英和大辞典(2008)第6刷には、「all」と「star」は、それぞれ別語として掲載され、複合語の第1構成要素であることを示す「all-」が用いられた「all-star」の項目で、「スターぞろいの」という意味の形容詞が掲載されている一方、allstarの語は掲載されていない(甲4)。したがって、allstarは一種の造語ということができる。
 しかし、我が国において、「オールスター」は「オールスターゲーム」の略語として広く親しまれている外来語(甲6、7)であり、allstarを英語として読むと、「オールスター」という称呼を生じ、これは引用商標のカタカナのふりがなである「オールスター」と同一又は極めて類似した称呼であるということができる。
 確かに、株式会社東京フェンシング商会のプライスリスト(甲3、63)には、1987年当時から現在に至るまで、原告のフェンシング用品は「アルスター」の名前で紹介されており、その中には、商品に本願商標と同じ文     字が付されている写真が掲載されているものもある(甲3の2)。また、公益財団法人全国高等学校体育連盟フェンシング専門部のウェブサイト中のフェンシング用具専門のショップ紹介ページには、東京フェンシング協会の取扱いメーカーとして「allstar(アルスター)」との記載がされている(甲10)ほか、原告の商品は、日本代表クラスの選手によって多く使用されており(甲14~36)、オリンピックその他の世界大会のフェンシング競技でメダルを獲得した日本人選手らが、フェンシング競技に関わる人間であれば、「allstar」のロゴは「アルスター」と読み、「オールスター」と読むことはない等と陳述していることが認められる(甲60、61)。しかしながら、一定程度フェンシングの知識を有すると思われる人物によるフェンシングの紹介記事(乙32)にも、「Allstar(オールスター)ドイツのフェンシング用品ブランド」などと記載されていることや、フェンシングウェアのオークション等でも「allstarオールスター」との表示がみられる(乙28~31)。これらの事実に照らすと、「アルスター」との読み方はフェンシング関係者の間では相当程度定着しているものとはいえ、これにより本願商標の指定商品の需要者又は取引者の間でallstar」に「オールスター」の称呼が生じることを否定するに足りるものではない
 そうすると、本願商標は「アルスター」又は「オールスター」の二つの称呼を生ずるものであり、このうち「オールスター」の称呼は、引用商標の称呼と同一又は極めて類似するということができる。

⑷観念について
 本願商標を分離観察することが相当でないことは、前記のとおりであるところ、本願商標の本願文字部分から「オールスター」との称呼を生ずる場合には、これに対応して「オールスターの」という観念が生じ得る。そして、本願図形部分からは、本願文字部分の白抜き部分と一体となって、「フェンシングの剣」が想起されるから、結局、本願商標は全体として「フェンシングのオールスターの」という観念が生ずるというべきである。他方、引用商標からは、「オールスターの」という観念が生ずるにとどまるから、本願商標と引用商標は、その観念のすべてを共通にするものではない

⑸取引の実情について
 本願商標の指定商品の取引の実情として、商標の称呼は、商品の出所及びその品質を認識するために重要であることは、前記株式会社東京フェンシング協会のプライスリストに称呼のみが記載されている場合もあること等から明らかである。また、この場合において、フェンシング関係者の間では、引用商標と異なる称呼である「アルスター」が相当程度定着していると認められることは前記のとおりである。しかし、本願商標の指定商品である運動用具を購入する需要者又は取引者にとって、服やグローブ等の用具に商標が付されているという外観もまた重要であると考えられていることは、前記日本代表クラスの選手の写真において、これらの用具に商標が目立つように付されていることからも容易に推認することができる。したがって、本願商標の指定商品が、広く専ら称呼のみによって取引が行われている実情にあるとまでは認められない

⑹検討
 以上によれば、本願商標は、引用商標と同一又は類似の称呼(オールスター)を生ずることはあるが、フェンシング関係者の間では、引用商標と異なる称呼である「アルスター」が相当程度定着している。また、両者の外観は大きく異なり、かつ、想起される観念についても、そのすべてを共通にするものではない。取引の実情としても、広く専ら称呼のみによって指定商品の取引が行われているものと認めることはできず、出所の識別については、指定商品に付された商標の外観が重要な役割を果たしていることが推認される。したがって、これを全体的に考察すると、本願商標は、引用商標との関係で、商品の出所に誤認混同をきたすおそれはないというべきであるから、引用商標に類似する商標ということはできない

4 小括
 以上によれば、本願商標は、その余の点について判断するまでもなく、商標法4条1項11号に掲げる商標登録を受けることができない商標に該当しない。したがって、これと異なる本件審決の判断には誤りがある。

第5 結論
 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

 

   本願商標

   引用商標

 

【解説】

 本件は、本願商標に係る商標登録出願の拒絶査定に対する不服審判請求について、請求不成立とした本件審決の取消しを求める訴訟である。争点は、本願商標の商標法4条1項11号該当性であり、裁判所は、特許庁がした本件審決を取り消した。
 本件の判断枠組みは、従前のとおり、商標の類否について、対比される両商標の外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断する必要があること、及び、結合商標について、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないこと、が前提とされている。
 本件判決と本件審決の結論の違いは、主に外観と称呼についての判断及び取引の実情に対する考慮に起因する。
 本件審決では、構成文字の外観「allstar」が極めて似通っていて、いずれも「オールスター」の称呼及び「オールスター」の程度の観念を生じるとして、外観、称呼及び観念を総合して誤認混同を生じるおそれありとした。
 これに対して、本件判決では、本願商標には本願図形部分が存在し、本願文字部分の白抜き部分が一体となってフェンシングの剣を模した図形が含まれていること、本願文字部分は「all」と「star」との間にスペースがなく全て小文字であること、字体の違い、カタカナのふりがなの有無などから、本願商標と引用商標の外観が類似していないと判断した。
 称呼についても、本願商標について、フェンシング競技に関わる人間であれば、「アルスター」と読むことはない等の陳述も踏まえて、「オールスター」又は「アルスター」の二つの称呼を生ずると判断し、本願商標の観念については、本件図形部分からフェンシングの剣が想起されることから、「フェンシングのオールスターの」、という観念が生じると判断した。
 さらに、本願商標は、引用商標と同一又は類似の称呼(オールスター)を生ずることはあるが、フェンシング関係者の間では、引用商標と異なる称呼である「アルスター」が相当程度定着していること、また、両者の外観は大きく異なり、かつ、想起される観念についても、そのすべてを共通にするものではないこと、本願商標の需要者又は取引者にとって、商標の外観も重要であり、専ら称呼のみによって取引が行われる実情があるとまでいえないことを踏まえて、引用商標との関係で、商品の出所に誤認混同をきたすおそれはないと判断した。
 本件審決は、本願商標と引用商標の文字部分の外観を単純に比較して類似であると判断し、称呼及び概念についても同様に類似であると判断したのに対して、本件判決では、本願商標を図形部分と文字部分についてそれぞれ詳細に検討し、文字部分についての引用商標との差異についても詳細に検討した。さらに、本件判決では称呼及び観念についても、取引の実情を踏まえて判断している。商標の類否の枠組みを示した前述の最高裁判例(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決)では、外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象等を総合して、具体的な取引状況に基づいて判断することを示しているのであるから、本件判決の判断方法は、最高裁判例により忠実であるといえる。したがって、本件判決の判断手法及び結論は妥当であると考える。
 本件判決は、事例判決であるが、本願商標を図形部分と文字部分に分離せずに判断したこと、具体的な取引実情に基づいて判断したこと等から、前述の最高裁判例に沿った商標の類否判断の具体例として参考になると考え、紹介させていただいた。

 

以上
弁護士 石橋茂